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ヒール

1名無しさん:2012/11/09(金) 19:48:05
健と言う者の人柄は、そこから人間の何かをえぐり出したような性格の男である。
感情が豊かで一個の一匹狼と言うのにふさわしい。
ただ彼は、才能があるだけに行き当たりばったりで世を渡って来たところがある。

2名無しさん:2012/11/09(金) 19:48:35
たとえば、20代後半になり突然、机に向かって猛勉強して教授となり、さらには50代で国会議員となった。
この特色を付けている冒険者の意識、またそれとは不即で世を渡り、思いつくままに行動したすべてが武器となっていた。

3名無しさん:2012/11/09(金) 19:49:34
健によると、体育大学に行っていたらしく、体力の中に存外な決断力がある。
健のように気合いの中から物事を見たり感じたりする男からすれば、世の中は勝負する対象で、人生はゲームのようだ、との思いもしているであろう。

4名無しさん:2012/11/09(金) 19:50:10
健は職を転々としてきた。
しかしもともと教授であったことはたしかだから、30代から40代にかけてそのまま職を続けていれば、無難だったに違いない。
もっとも教授職は、学歴社会でのし上がった昭和40年代の者にとってむしろ名誉であり、風雲期にいかに屈強の者――健のことだが――が出たかと言う証拠なのである。

5名無しさん:2012/11/09(金) 19:50:48
健が大阪体育大学に認められて初めて声がかかったとき,「大阪体育大学」の名を名乗ることが許された。
旗印を決めなければならないが、健はそれを断った。
「無頼者のオレをやっかい者扱いしたんだ」

6名無しさん:2012/11/09(金) 19:51:43
と言ったというから、専修大学で教授号を取得したとはいえ、大阪体育大学にはゴタゴタがあり、専修大学に感謝していただけではなさそうである。

7名無しさん:2012/11/09(金) 19:52:16
健には体育大学から成り上がった気合いが漂っており、ただのオジサンではなさそうである。
そういう気合い、もしくは教授から得た智慧力が、流寓の境涯から身をおこすとき、他人の信用を得たということが大きい。

8名無しさん:2012/11/28(水) 18:14:49
健が世に出始めたのは大学時代からかもしれない。
彼が柔道をやってたころ、八田一郎から「レスリングをやらないか?」と誘われたのである。
レスリングで革命を起してみないかということだった。

9名無しさん:2012/11/28(水) 18:15:26
レスリングをするということは地元から離れるということだし、柔道もやめるということであり、ドラクエで言うなら転職することにひとしい。
健はまだ高校生という若さである。
よほど考えたであろう。

10名無しさん:2012/11/28(水) 18:15:59
このあたり、健が弱年のころから天下に志を持っていたことと矛盾する。
しかしその志などは多分浪漫的なことで、野心家であるには彼は天成欲望の強さに欠けていたということなのであろう。

11名無しさん:2012/11/28(水) 18:16:45
健はレスリングで全米制覇をしている。
ただ、オリンピックには出れなかった。
健は大学2年に、アメリカからスカウトを受けた。
このとき、健には通訳者をつけられ、特別待遇に近い環境で滞在をした。

12名無しさん:2012/11/28(水) 18:17:21
しかし、アメリカで結果を残せず、残留を乞うたが、大学は許さず
(もはやここまで)
と,健は思ったであろう。
特別待遇を受けたが、アメリカの大学は学業の単位、スポーツの実績を重視しており、健は退学となった。

13名無しさん:2012/11/28(水) 18:18:28
健はレスリングを辞めて、アメリカンドリームを夢見て働き出した。
健が「ヒール」という称号を自ら称するようになったのはこのときかもしれない。

14名無しさん:2012/11/28(水) 18:19:02
健はアメリカで寝る間も惜しんで働いた。
もしこのまま日本に帰れば、負け犬といったあらぬ疑いを受けるかもしれない。
健はとくに生意気な男だっただけに、後ろ指を指される恐れがあった。

15名無しさん:2012/11/28(水) 18:19:41
健は正気で朝5時から深夜0時まで働くといった暴挙としかいいようのないことをしたが、名のない男が成り上がるにはこうする他なかった。
余談だが、若き日の筆者は、これに似た行動を起こしている。
さらに言うなら、この行動は健が由来である。

16名無しさん:2012/11/28(水) 18:20:19
やがて、健の手元にはまとまった金が出来た。
目の前に大金がある。
それを資金に競馬をしようと考えた。
健が例のとおり勝負師である。
緊張が押し寄せてくると同時に、野心が走った。

17名無しさん:2012/11/28(水) 18:20:50
人生を賭けた勝負に、反対する者もいたが、しかし健は聞く耳を持たない。
彼の判断能力ならこんなバカげたことはしないのだが、健は本気である。
手には大金を握っている。

18名無しさん:2012/11/28(水) 18:21:27
気がつくと健は全財産を失っていた。
目の前は真っ白になり、やがてボロアパートで何時間も座っていた。
「ふふふ」
健は笑っている。
健の目の前には、紙くずになった馬券が並んでいる。

19名無しさん:2012/12/09(日) 18:49:35
健は、自ら出版した本でこう語っている。

「一時は目の前が真っ白になったが、人生を賭けた勝負で負けたんだ。本望じゃないか」

20名無しさん:2012/12/09(日) 18:52:10
健は、競馬で人生を手に入れることが出来なかったが、しかしこの常軌を逸した行動を起こした以上、前に進む他なかった。
その大失敗とともにもう一度レスリングに戻ろうと思った。

21名無しさん:2012/12/09(日) 18:52:48
健はアメリカにあるレスリングジムに通った。
アメリカでは日本のように選手に付きっきりのコーチはいなく、この放置主義には才能を伸ばすカラクリが隠されていた。
放置主義で、才能を見極める。

22名無しさん:2012/12/09(日) 18:53:25
その内容は、スポーツを楽しむこと、能力を見極めることであった。
コーチが放置して、日数が経過したとき、新たに指導する。
才能ある者は磨かれて、才能がない者も楽しむ、これがアメリカ式である。

23名無しさん:2012/12/09(日) 18:54:20
しごきの地獄の釜をくぐって、練習の基盤の上にやっと上達するのが、日本のスポーツ界である。
日本人の体格がいかにモロイものであるかは知っているし、そのモロサを根性で片付けてしまっている。

24名無しさん:2012/12/09(日) 18:55:20
練習を続けていれば上手くなるだろうという希望が日本人にはあり、それを引き換えに勲章を手に入れる日本スポーツ界は弱い。
これでは、才能ある者ではなく、練習量が多い者が勝つシステムだろう。
健はそのことを言ったのである。

25名無しさん:2012/12/09(日) 18:55:56
アメリカでは大なり小なり、スポーツを楽しむ考え方であったが、しかしこの放置主義においてそれぞれの自己管理が重要で、つまり――健の表現によれば――自己責任において日本人の練習量を超える――ものであるらしい。

26名無しさん:2013/02/02(土) 20:20:05
健の生涯は、柔道をし、レスリングをし、スポーツ心理学を学んだりした。
ひどく楽しそうな顔である。
脳裏には、常に大計画があって、合理的に考え、実現させる考えがある。

27名無しさん:2013/02/02(土) 20:20:37
英雄というのは奇妙な信仰を心のどこかで持っていて、自分を地上に送り込んだのは天の意思と思っている。
一種の誇大妄想狂である。
この天命があればこそ、行為はすべて正義であり、そういう強烈な正義感がなければ、誇大さがなければ、とうてい大業は果たせないものだ。

28名無しさん:2013/02/02(土) 20:21:10
それだけに言葉がある。
若き日の健は、幾度となく多方面に勝負したが、ことごとく失敗した。
しかし、この度があったからこそ今日の健がいるのである。
風は健に吹いている。

29名無しさん:2013/02/02(土) 20:21:42
その風に乗って、健は全米のレスリングチャンピオンになった。
競馬で全財産を失った。
それをバネに猛練習をした。
その猛練習はオーラの渦を巻き、観ているものを圧倒させるほどのものであった。

30名無しさん:2013/02/02(土) 20:22:12
が、レスリングの全米チャンピオンもマットを降りれば「ただの人」である。
肩書きだけではメシは喰えない。
健は、アメリカの大学で学んだスポーツ心理学に目をつけ、猛勉強をし、修士課程を取得し、それでメシを喰おうと思った。

31名無しさん:2013/02/02(土) 20:22:45
机の上には、山のような書物が積まれている。
健の記録によると、オーバーワークになるまで勉強をした。
狙いは、日本におけるスポーツ心理学の第一人者である。

32名無しさん:2013/02/02(土) 20:23:17
要するに健は、スポーツ心理学の教授に成りたいのであろう。
日本で、この種の教科が学問と考えられるようになったのは、健が全米チャンピオンになったずっと後のことで、健の頃は、スポーツは世間一般にお遊びとされていた。

33名無しさん:2013/02/02(土) 20:23:56
健は机に向かっている。
寝不足になると、目にクマが出来て、その風貌はパンダを思わせた。
ただし、目のクマはオーバーワークの第一段階なのである。
要するに、目のクマは寝不足にすぎない。

34名無しさん:2013/02/02(土) 20:24:30
私どもは努力というものを軽く考えている。
継続に何かを始めると、その姿勢、あるいは「継続は力なり」と言うべきか、それだけで努力と思っているのである。

35名無しさん:2013/02/02(土) 20:25:04
健の場合、目のクマは当然のことである。
努力にあっては、精神が肉体を超えた感覚であろう。
当時の健は目にクマが出来て、それよりもくだって、クマから膿みが出来、感覚はうせ、スポーツ心理学しか見えなかったはずである。

36名無しさん:2013/06/01(土) 18:42:32
スポーツ心理学の第一人者のなって、教授になった健であったが、アフガニスタンの先生にならないか、という話があった。
健が有名になるキッカケになったのは、このときからである。

37名無しさん:2013/06/01(土) 18:43:22
アフガニスタンの話がきたとき、中東に旅行ができるくらいにしか健は考えていなかった。
アフガニスタンにそれほど魅力を感じたこともある。
しかし、それよりも、妻がどういうかである。

38名無しさん:2013/06/01(土) 18:43:59
みじかい一生のなかで、後悔はしたくなかった。
賛成してくれるであろうか。
ところが、心配とは裏腹に、運のいいことに(?)妻も賛成してくれたのである。

39名無しさん:2013/06/01(土) 18:45:10
アフガンに来て、最初の頃は言葉も通じず、まるで小学生を教えるような態度で授業をしていたが、そういう自分に耐えられなくなって、万国共通の鉄拳で教えた。

40名無しさん:2013/06/01(土) 18:45:47
ところがその後、抗議が入ったため、自分に管理能力がないことに気付いた。
その抗議をした者が鉄拳制裁とは関係のない優等生である。
この経験で、教師というのは、学問を教えるだけではないということを信ずるようになっている。

41名無しさん:2013/06/01(土) 18:46:20
話は先になるが、帰国後、アフガンのことで聞かれたことがある。
ロシアがアフガンに侵攻した頃である。
アフガンは中東の小国だから、大国のロシアには勝てない。
ところが、底抜けに発展途上のアフガンが勝つと、健はいうのである。

42名無しさん:2013/06/01(土) 18:48:13
このため、健はマスコミからバッシングを受ける。
体育大学出の三流学歴で、レスリングしか能がないボンクラと言われる。
ところが、健にとっては具合のいいことに、有名になった。

43名無しさん:2013/06/01(土) 18:48:51
たとえば、ロシアが勝つと世論が見てて、ロシアが勝つと言っても、誰も注目しないのである。
ロシア勝利説だが、あえてアフガンが勝つと言うことで、注目をあびることが出来ることであった。

44名無しさん:2013/06/01(土) 18:49:24
バッシングはうっとおしいが、注目をあびることを喜ぶ。
健は、そういう男である。

45名無しさん:2013/06/01(土) 18:49:59
むろん、根拠はあった。
ロシア兵がアフガンの森を歩きつつ、ゲリラに遭って無残に殺される。
もっとも、アフガン兵は弱くない。
タリバンをみればわかるであろう。
死体が、ラクダに乗って、ロシア兵に送りつけられる。

46名無しさん:2013/06/01(土) 18:50:39
アフガン兵に襲われ、無残に殺された死体を見て、ロシア兵は戦意喪失した。
とにかく、ロシアが撤退した理由のひとつは、この神経戦にある。

47名無しさん:2013/06/01(土) 18:51:50
ロシアは撤退した。
アフガンが勝つと言って、バッシングを受けた健だが、たちまち脚光をあびた。
世間が健を知る瞬間である。

48名無しさん:2013/07/28(日) 18:34:18
筆者は、初めて、テレビで健を観た。
豪快なイメージは感じなかった。
本で、健を知った以上、好奇心はある。

49名無しさん:2013/07/28(日) 18:34:52
本とはちがい、爆弾発言はせず、淡々とコメントしている。
神経質そうで、そういう意味では、怒るとややこしそうである。
本で読んだからこ知った健で、彼を知らない者からすれば、ただの専修大学教授だったであろう。

50名無しさん:2013/07/28(日) 18:35:31
健は忙しかった。
暇がない。
大学で職務を果たし、テレビ出演し、寛げない。
だれもが、アフガニスタン研究第一人者と見ている。
なにしろ、アフガニスタンが、ロシアに勝つと予言したのである。

51名無しさん:2013/07/28(日) 18:36:10
ついでながら、健は、暇がない忙しい毎日が好きであった。
アメリカでの下積み時代、目にクマが出来るほど働いたが、ツイに徒労に終わった。
その健にとって
――脚光を浴びる忙しい日々は楽しかった。

52名無しさん:2013/07/28(日) 18:37:11
健という存在は、荒野を駆ける、一匹狼である。
アメリカでの留学の頃、積極的に外人に話しかけるに対し、他の日本人は、同民族で集まるだけであった。
体育会系しか獲り得がなかった健が、英語ペラペラなのは行動力のおかげである。

53名無しさん:2013/07/28(日) 18:37:48
見知らぬ国で頭角を現すには、行動力が必要である。
人間の器量、決断力、生々しいほど醜さに、大胆な行動が頭角を現す。
健は、一匹狼であるために、いわば、それがやりやすかった。

54名無しさん:2013/07/28(日) 18:38:33
一匹狼であったからこそ、周囲のしがらみに惑わされず、行動も軽くなったにちがいない。
アフガニスタンの話が決まったときも、周囲の空気に惑わされない。
このため、健は、アフガニスタンで勝負していくことしか考えていなかった。

55名無しさん:2013/07/28(日) 18:39:20
健には、子供の頃から夢があった。
政治家である。
が、末っ子で、スポーツしか獲りえがなかったために難しかった。
健によると、少年時代から、政治家になるための作戦があった、という。

56名無しさん:2013/07/28(日) 18:40:23
ただ、周囲には嘘つき呼ばわりされた。
「健の嘘が、またはじまった」
と、ある。
健は夢を語っただけと言ったが、政治家というのは、やや大きすぎる。
政治家になるのだったら、もう少し勉強しろ
になる。

57名無しさん:2013/07/28(日) 18:41:15
――いつか中東に行きたい。
と、おもう健は口にした。
少年時代にふと口にしたのである。
その後、大人になってから中東に行った。
少年の頃、嘘つき呼ばわりされたが、行動によって実現したのである。

58名無しさん:2013/07/28(日) 18:42:00
むろん、健の中東発言は、少年の頃の思い付きであった。
責任感も以って言っていない。
たまたまそれだけの経済力を持ち、行けるなら行こう、である。

59名無しさん:2013/07/28(日) 18:42:42
アフガニスタンがロシアに勝つと思い、それが現実になったとき、マスコミが健を取り上げ、人生が変わった。
結局は、テレビで名が売れて、有名人になった。
その後、子供の頃の夢が、政治家であることを思い出した。

60名無しさん:2013/07/28(日) 18:43:35
当時は、柔道で名前を売って、政治家になることを夢見た。
その後、レスリングに転向したが、留学で失敗し、教授になっても、政治家にはほど遠かった。
そのうち、行動力こそが我人生と思うようになって、政治家になることも忘れてしまったかのように思われる。

61名無しさん:2013/07/28(日) 18:44:23
しかし、アフガニスタンが、政治家の夢のチャンスをくれた。
――死に場所を探す。
健は、そう言っている、
専修大学の教授をやっていれば、その後も喰うには困らない。
一匹狼の行動派なため、それを許さないのである。

62名無しさん:2013/07/28(日) 18:45:09
――嘘を本当にする。
と、健は言っている。
ただ、その言葉は、健の少年の夢と同義語である。
あのときは、誰も信じなかった。
ド田舎のワルガキが、政治家になろうとしていることなど、常識として考えられないのである。

63名無しさん:2013/07/28(日) 18:46:09
すでにご存知のように、健は、衆議院議員になった。
いまは、甥が衆議院議員である。
健自身は窮乏についてむしろ気分よく耐えているが、しかし、いまは、再当選の機会を伺っている

64名無しさん:2013/07/28(日) 18:48:03
健は自らを「ヒール」と称している。
今もそう言うかは知らないが、プロレスの世界では、悪役レスラーをヒールというらしい。
そう名乗ったのは、一匹狼で、言いたい事を話して、陰口を恐れないのが、由来らしい。

65名無しさん:2013/07/28(日) 18:48:53
――人生は仕掛け。
健は、言及した。
レスリングは、マイナーな格闘技で、競争率が低いからはじめた
と言っている。
健にとって、競争率の高い野球より、マイナーなレスリングのほうが勝ちやすい。
頭角をあらわせば、どちらも一流扱いされるのである。

66名無しさん:2013/07/28(日) 18:50:05
学歴の愚かさを、健は知っていた。
夜まで遅くまで勉強している受験生を、ご苦労さん
と健は言う。
狭き門の一流大学に入って、一流企業に入る。
そこでも、競争があって、そこに辿り着くまえに、息切れする
というのである。

67名無しさん:2013/07/28(日) 18:50:56
要するに、競争率の高い狭き門は、辿り着く前に息切れするということである。
健とはいうと、学歴に関係のない体育大学に行って、広き門のレスリングをし、誰も興味の持たなかったアフガニスタン研究をした。

68名無しさん:2013/07/28(日) 18:51:30
余談だが、健の頃の体育大学は、競争率が低かったらしい。
いまでは、狭き門であろう。

69名無しさん:2013/07/28(日) 18:52:59
――残り物には福がある。
というのは、見えざるものを見よ、ではあるが、福を見つけたら、そこで全力を尽くす。
狭き門も広き門も、全力を尽くさなければモノにならない。
健は、マイナーな分野で攻めたが、それで有名になって、子供のころの夢の政治家になれたことは否定できない。

70名無しさん:2013/07/28(日) 18:53:50
また、健は生意気な男が好きである。
健自身、生意気な男である。
体育大時代も、生意気な理由で、先輩から殴られることがしばしばあった。
――生意気な者に、バカ人間はいない。
と、健は考えていた。

71名無しさん:2013/07/28(日) 18:54:37
幼少時代の話になるが、健は、幼稚園、保育園に通っていない。
わがままだから、行かなかった。
幼稚園、保育園に通っている者が偉く、通ってないものが愚かではないということである。

72名無しさん:2013/07/28(日) 18:55:14
末っ子の健を、親は好きにさせた。
ワルガキだったが、ヤクザにさえならなければいい
という教育方針だったらしい。

73名無しさん:2013/07/28(日) 18:56:02
健の家の近くには、貯水池があった。
蛇口らしきものを捻り、水浸しにした。
あとで、大目玉を喰らったが、健自身、べつに悪い事をした気はなさそうだった。
大目玉を喰らうよりも、蛇口を捻ったらどうなるかの方が、興味があったらしい。

74名無しさん:2013/08/24(土) 18:04:17
余談だが、筆者も同様のことがある。
小学生の頃、友達と一緒に非常ベルを鳴らし、学校中を大騒ぎにさせたことがある。
大慌てしている先生達を見て、腹を抱えて笑った。


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