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正史・オスティア王史
16
:
老仙
◆ZSHYYUeMmQ
:2011/10/16(日) 17:34:38
【オスティア王国の起こり】
オスティアという名はこの世界の神話に登場する国名である。そこは当時の大国で、人口、産業共に周辺諸国と比べて進んでいる国であった。
藤原頼長は学問に優れ、法や道理を重んずる男であった。その言動から「悪左府」の異称で称えられ、父に気に入られ実の兄を差し置いて高官に登る。
保元元年における戦では崇徳院方につくも敗れ、首に受けた傷が元で息を引き取る。遺体は一時土葬されたが後白河院の命により再び掘り返された。
この世界に転生した頼長は、驚きつつも街の者から話を聞いたり自ら調査したりするうちに、古の王朝の宮殿跡が街の郊外に存在することを知る。
その場所に何か不思議な縁を感じた頼長は単身霧深き森へ分け入り、宮殿跡を探す。
宮殿跡へたどり着いた頼長であったが、そこには人はおろか猫の子一匹おらず、廃墟の様相を呈していた。
呆れ半分の頼長が周囲を探索していると、どこからともなく声を聞いた。その声を発した者とは、一枚の肖像画であった。
肖像画が言うことには、『白の史書』なるものを使えば、国を興し王となることが可能だという。
頼長は自分が夢を見ているのか、はたまたこれは現実なのかも知れず、もし現実ならば再び崇徳院が元で国を動かしたいと強く願う。
肖像画は言う、「高台にある白い壁の残骸にてその姿を史書に記せ。」更に続けて、「この国に名を与えよ」と。
頼長は街の古老より聞いた「オスティア王国」の神話を思い出し、かの国にあやかり国名を「オスティア」と定めた。
これが国名の由来である。
【王の発見】
書を携え、肖像画の言っていた高台を目指す。その道中で物々しい雰囲気の兵団に遭遇する。
尋ねてみると彼らはこの近辺に住みついた何者かを討伐しに来ているという。その者は強弓の使い手のようで、軍は大いに苦しめられていると言った。
この警備兵の言う弓の使い手こそ、かの戦で獅子奮迅の活躍をした源為朝である。
引き続き道を行く頼長。彼の前に一人の男が現れた。驚き駆け寄る頼長に応えたのは、後にオスティア国王となる崇徳院であった。
為朝も一緒であったが、院の新たな居城を探すべく出立した後であった。頼長は事情を詳しく説明し、自分と一緒に来るよう申し上げる。
院は承知し、新たに「アイギス・テルシテス」の名を名乗ることとした。彼が魔王となるための第一歩である。
道中、アイギスは紙の束、己の血が使われた写経を取り出した。これが【王の生い立ち】の項で記した『五部大乗経』である。
アイギスもまたこの世に転生したが、その身は完全ではなく、この経典によって肉体と精神を支えていると言った。
この経典がこの場で失われればアイギスは錯乱し、その身は朽ち果ててしまうのである。
経典は現在も王国地下に厳重に保管され、王以外の者が触ることは禁止、もとい禍々しい魔力により触れたものはたちまち生気を失ってしまう。
【オスティア建国】
アイギス、頼長両名は肖像画の言う高台にたどり着いた。しかしここも同じく廃墟であり、アイギスは苦笑いした。
頼長は史書を取り出し、国の始まりを悠々と描き始めた。アイギス王の国は分裂していた王国の諸勢力を併呑、王朝の支配を盤石なものとした。
首都であるオスティリアでは、国民に向けた王の演説が始まっていた。「王国よ永遠たれ。」この言葉に全国民が歓声を上げ、建国を喜び合った。
次いで頼長は民間より広く能力あるものを登用すべく人材募集の令を発した。これにより王国の人材登用の基盤が出来上がるのである。
建国宣言を終えた王は、王座につくとかの肖像画から祝いの言葉と共に多くの宝物を受け取る。
王は喜び、国をつくる機会を与えたことと宝物の礼を述べた。己を魔縁と称した王は、この世界の源である肖像画をも飲み込まんとするような口調であった。
それから各地名を決め、第二の首都はビオレゲンスとしてそれぞれへ長官を任命した。この地名は現在も使用されている。
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