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独占板

6592シャンソン:2016/02/28(日) 21:24:43 ID:KwxoNoc2
  「祈り」「願い」とは神さまに感謝すること

 日本語の語源辞典で「ありがとう」を引いたあとに「祈り」という言葉を引き、その次に「願い」という
言葉を引きました。その結果、やはり衝撃的なことがわかりました。
「祈り」とは「意に乗る」(神の意に乗る)こと、つまり神の意に沿うことで、そういうことを神の意のままに
やっておけばよいというのが「祈り」ではないか、と自分なりに解釈していたのですが、実は「祈り」とは「意(神の意)+宣(宣言のりごとの宣のり)」で、
神の意を寿ぐこと、賞賛すること、ほめたたえることだ、ということがわかりました。

「祈り」とは、神さまの考えていること、為せることについて賞賛すること、ほめたたえることだったのです。
一方、「願い」とは「ねぎらい」だったのです。
「ねぎらい」とは、誰に対するご苦労さまの言葉かというと、神・仏・天上界の方々に対するものです。
「ねぎらい」とは「ご苦労さまでした。ありがとうございます」という意味で、本来は上の立場から下の立場の人にかける言葉ですが、
私たちが神・仏に対してかける言葉というのは、下から上にであって、上から下へという方向ではありません。ですから、
「ねぎらいの言葉=ご苦労さまでした」というのは、当然、感謝の意を込めて「ありがとうございます」ということになるのではないでしょうか。

 つまり「祈り」も「願い」も、神さまの為せる業に対してほめたたえ、賞賛し、感謝をすることであった、ということがわかりました。
私たちは子供のころから、寺社仏閣に行って「お祈りしなさい」「お願いをしなさい」というふうに言われてきました。
「お祈り」や「お願い」は、かなえてもらうべき自分の希望や望みにことであったのですが、実は、語源からすると「祈り」も「願い」も、すべて神・仏・天上界に
対するお礼の言葉・感謝の言葉・賞賛の言葉であった、ということがわかったのです。

 神・仏に対するお礼の言葉・感謝の言葉・賞賛の言葉というのは何かというと、
これは「ありがとう」にほかなりません。私たちは、神・仏に対する言葉として「ありがとう」という素晴らしい文字をいただいたわけですが、
この言葉を寺社仏閣に行ってひたすら言い続けることが「祈り」であり「願い」だったのです。

「祈り」とは、「願い」とは、自分の夢や希望をかなえてもらいたいという意味で使う言葉ではなく、神・仏に対して、今私たちがしてもらっていること・
置かれている状況について、ただただお礼を言い、感謝の言葉を伝えること。それが「祈り」であり「願い」ということでした。
ですから、これから寺社仏閣に行ったときには、「あれをしてください」「これをしてください」「これをかなえてください」と言うのではなく、ひたすら
「ありがとうございます」と言うことで、もうすべてOKということになります。

 そして、その声を聞いたときに、神さまは誰が言っているのかきちんと認識し、その人の「ありがとう」の回数をカチカチと上空で数えているようです。
その結果、5万回とか、10万回、50万回、100万回を越えた時点で、新しい奇跡が起きるようになっている。
 最近、宇宙のしくみがそうなっているように思えるようになりました。

 『なぜ、神さまを信じる人は幸せなのか?』 小林正観 著


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