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独占板

6529シャンソン:2016/02/21(日) 12:41:53 ID:isPDSdvc
  やっぱり!すべての宗教の根底は同じことを伝えている

 「人は問いを持つことで成長する。あなたが神に質問したことの答えが、日常のあらゆるものを
通してやってくる。質問する先(すべての創造主)を私は『アッラー』と呼ぶが、あなたが『宇宙』と呼んでも問題は無い」
という言葉を聞き、私はインタビューのはじめからイスラム教への偏見がかなり薄らいだのです。

 イスラム教の基礎となっている「アッラー以外に神はし」という表現も、そこだけ聞くと、他に神を認めない厳しい一神教と
思いますが「アッラー」という言葉の捉え方によって、印象が変わります。
 この聖職者の言葉通り、「アッラー」の感覚を私が「宇宙」と呼んでも構わないのだとしたら、アッラーはすべてのものを作った創造主
(大元)
のことであり、それを「光」と呼ぼうと「大いなる意志」「宇宙の叡智」と呼ぼうと自由です。ただ、「それ以外のもの」を信仰してはならない....
つまり神の名を装った偽物や、偶像や、まして、「我は神である」というような「人」を拝んではならない、ということだと捉えると、「アッラー以外に神はなし」に納得できます。

 実は私たちの中にも、神(宇宙)と同じエネルギーの一部が流れているので、「我は神」という表現もある意味では間違っていないと思います。
ですが、神のレベルのエネルギーと私たちのエネルギーは、要素は同じでも全体は違う.....たとえば海は水の一滴から成っているので、海と一滴には同じエネルギーが流れていますが、
かと言って「海=一滴」ではない、ということと似ていると思います。

 また、神が宿っていると思う「対象」を拝む偶像崇拝も、「形」があることで信仰の気持ちを持ちやすい人はそれでいいですが、信仰していているのはそのモノではなく、そこに宿っている聖なるエネルギー(神)
である、ということだと思います。.....というようなことをあれこれ話していたところ、「こうして神様のことをみんなで語ったりすること自体を神は喜んでいるし、これがすでに礼拝の一部なんです....」と言われ、またまた感心のため息だったのです。

 小学校のときの聖書の先生が似たようなことを言っていたなあと思い出し、宗教というのは、どんなものでもその根底は共通しているし、一部一部は真実を伝えている、でもそれが伝わる国の風土や文化や生活習慣によって表現が変わったり、強調する側面が違ったり...、
そして人間によってルール化された途端に、「本当に大事な部分」が曲がっていってしまう、ということを痛感しました。

     『出逢う力』 浅見帆帆子 著


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