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6512
:
シャンソン
:2016/02/19(金) 21:11:12 ID:DRw9RNgk
見返りを期待しない生き方
芥川賞作家で僧侶の玄侑宗久さんが京都の天龍寺で修行をしていたときの話です。
師匠という方がいらして、その方がいろいろ教えてくださっていたそうです。
その師匠とは別に、作務衣を着て、毎朝宗久さんが拭き掃除をしている廊下の外や庭先から
「おはようございますと、にこやかな笑顔で挨拶をされた方がおられました。
宗久さんは、当初はこの方がいったい何者なのかわからなかったそうです。ただ、爽やかな笑顔でそれが
毎日続くので、とても感じのよい人だとは思っていたそうです。
あとでわかったのですが、この方が天龍寺の貫長(最高位の方)でした。
この貫長さんは、毎朝決まった時間に天龍寺の近くを散歩されていたのだそうです。
そのときに毎日出会うある人がいました。その人に対して、貫長さんは毎日同じように
「おはようございます」と挨拶をして会釈をなさったそうです。しかし、その声をかけられたほうの人は、
無視をして一切返事をすることがなかったといいます。同じ時間に必ず会い、貫長さんは相手の笑顔や挨拶が
返ってこようがこまいが関係なく、毎朝笑顔で「おはようございます」と言い続けたのだそうです。
3年経ったある日のこと。いつものように「おはようございます」と普通に笑顔で話しかけた貫長さんに対して、
その男性はついに声を発しました。そして、「おはようございます」と言い終わったあとに、「ごめんなさいっ」と、
ガバッとひれ伏したというのです。
この男性の心の中に何があったのか推測するすべはありません。推測することも無意味なことでしょう。
何があったのかということは大した問題ではなく、かたくなに挨拶を拒み続け、話をすることを拒み続けた人に対して、
1ヶ月や2ヶ月ではありません、3年もの間、笑顔で「おはようございます」と言い続けた人が世の中にいる、という事実です。
その結果として、そのかたくなに人を拒み続けた人が、ついに心を開き、涙ながらに「ごめんなさい」と謝ったというのです。
貫長さんは返事をしなかったことを責めていたわけではありません。
ただ自らの生き方として、相手がどういう態度であろうと関係なく「おはようございます」といい続けた、そういうことに徹した、ということだと思います。
「これほど自分が挨拶しているのに、返事をしないとは何事だ」と言うのは簡単でしょうし、一般的な反応かもしれません。
しかし、それでは挨拶をしている意味がありません。挨拶をしてけんかを売っているのではなんにもならないでしょう。
「おはようございます」と声をかけることは、貫長さんの側からすると「自分の勝手」ということでったのかもしれません。
自分が行として、ただそのように毎日を送り、そういうことに徹し、相手がどのような反応であろうと関係なくそのように生きる、という姿勢であったのでしょう。
宗久さんの話すその貫長さんのお話は、とても爽やかで、すがすがしいものでした。
『なぜ神様を信じる人は幸せなのか?』 小林正観 著
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