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独占板

5073シャンソン:2015/11/08(日) 17:43:39 ID:VUE7B/Uk
    すべては愛に包まれている

 私はじずっと自分が嫌いで、自分も人も信用できず、孤独でした。
未婚で赤ちゃんを授かったとき、周囲にはあきらめろと意見されましたが、
せっかく来てくれたのだから産むときめました。シングルマザーとして育てる決心をして、
大きくなるおなかを眺めながら、「この子だけは私の味方だ」と考えていました。

 妊娠の経過は順調でしたが、38週のある日、ふっと胎動が止まりました。
そのとたん、私は「赤ちゃんは亡くなった」と気づきました。診断されたときはショックでしたが、
「やっぱり」とも思いました。

 赤ちゃんは、私の誕生日に生まれました。
出てきたときは、怖いほどけわしい顔をしていました。しかし、赤ちゃんを眺めていると、亡くなっているのに
どんどんやさしい顔に変わっていったのです。

 病院から自宅に連れ帰り、ずっといっしょにすごしながら、私は、「おなかで死んでしまったこの子は、生まれたことになるのかな。
あの世とこの世の、いったいどこで生きていたのだろう」と、ぼんやり考えていました。
「すごくかわいいなあ」と、愛しく思っていると、ふいに「すべては愛に包まれている」というイメージが、心の中にズドンと落ちてきました。
頭で考える間もない、圧倒的な体験でした。

 息子は私にそう気づかせたくて、来てくれたのです。すっかり忘れていたことを、思い出させるために。
悲しかったけれど、同時に、深い喜びで満たされました。生まれることも、生きていることも、死んでいくことも、奇跡であって、人間の手の内にあるわけではない
それは、疑いようもない確信でした。

 息子が亡くなった原因は、医学的にはよくわかりません。ただ、早い時期の流産ではなく臨月の死産になったのは、そのほうが私に伝えられるメッセージがあったからだと思います。
私はお産のために里帰りしていました。両親に気持ちを受け入れられた実感はありませんでしたが、シングルマザーになると決めたとき、親は何も言わず、私を迎え入れてくれました。
すれ違いはあったけれど、私が息子を愛していたように、両親も私を愛していたのだと、気づくことができました。

 人生観が180度変わりました。
それまでは、「愛なんてわからない」「自分なんてどうでもいい」「見えないものなんて信じない」とすねていました。
けれど、「命はありがたい」「命はきちんと生かしたい」と思うようになったのです。
自分で自分を認めてこそ、幸せを選ぶことができます。

 私には「この子は、私のために来てくれた」という喜びもありました。けれど、自分の心は自分で満たすのが基本で、子どもか満たそうと
するのは誤りでした。いまも、息子はいつも近くで見守ってくれていると感じます。「大丈夫だよ」と、にこにこ笑い、「ぼくは楽しくているし、ママも楽しそうだね」
と言いながら、ぱたぱた遊んでいるような気がします。

 私は、本来の自分を思い出せるように、カウンセリングの勉強を始めました。いまここにいるのは、導かれてこそなのだと思います。

 
   『ママ、いのちをありがとう』 池川 明著


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