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独占板

4908シャンソン:2015/10/23(金) 23:58:42 ID:OmuqqVZI

私がよく話している「頼まれごと」に関して次のような質問を受けることがあります。
「今、私はフリーターで、ちょっとした軽い頼まれごとがあるのですが、どのような心構えで、それを
やっていけばよいでしょうか?」
「最近妻から、ついでの用を言いつかることが多くて、これも頼まれごとと言うのでしょうか?」

 少し遠回りですが、私の考えを言います。
私は二十歳のころから三十二〜三十三歳くらいに見られていたようでした。
ひと言で言うと老けていたので、旅先の宿々では二十七歳〜二十八歳のOLらしき方々から「お兄さん、お兄さん」と
呼ばれていました。

 その方たちから、「四年制も大学を出て会社に入り、五〜六年経つのに、コピー取りとお茶くみしか頼まれません」
「ろくな仕事を頼まれません」「こんなことをするために大学を出たのではないので、もう辞めたいと思いますが.....」などと
相談されることが何百回とありました。私の答えはいつも同じです。

 「私がもし上司で、コピー取りやお茶くみを頼んだ場合、その人がもし『コピー取りとお茶くみをするために学校を出たのではないし、
この会社に入ったのではない』という態度でその仕事をしていたら、それ以上に責任がある仕事は任せないでしょうね」
 そして、「コピー取りやお茶くみの仕事すら、ちゃんとしないのだったら、責任ある仕事は任せられないのではないですか?」と申し上げました。

 先ほどのOLの方の質問には、「軽い仕事をさせられている」とか、「軽い仕事しか頼まれない」というニュアンスが含まれているように感じたのです。
世の中に「軽い仕事」というものはありません。「どのくらいやればよいのか」というものもないのです。
「任されたこと、頼まれたことをちゃんとやれるかどうか」を、上から見ている方がいらっしゃるということです。

 岡山にノートルダム清心女子大学という学校があります。そこに渡辺和子さんという責任者がいらっしゃいます。
渡辺和子さんは渡辺錠太郎の娘さんです。渡辺錠太郎は二・二六事件の時、陸軍教育総監をやっていた方ですが、渡辺和子さんは目の前で青年将校に
父親を撃ち殺された経験をお持ちです。

 彼女は大学を卒業してからアメリカの修道会に行き、二十年ほど修行して、帰国後にノートルダム清心女子大学の責任者になりました。たくさんの著書がありますが、
読むと心が洗われます。その中にこんな話がありました。アメリカの修道会は全寮制で、食事の準備などは全部自分たちでするのですが、ある時、渡辺さんがお皿をテーブルの上に配っていました。
すると、一人のシスターが静かに寄って来て、「渡辺さん、今あなたは何を考えながらこのお皿を配っていますか?」と聞いたそうです。

 渡辺さんは「えっ?何も考えていません.....」と答えました。
すると、シスターがこう言ったそうです。「渡辺さん、あなたは時間を無駄にしています。あなたはこのお皿を使う人の幸せを祈りながら配ることができます。世の中に雑用という仕事はないのですよ」
 
 先ほども言いましたが「軽い仕事」というものはないのです。与えられたこと、「やってね」と頼まれたことを誠実にやっていくだけです。
「軽い仕事だからこの程度でよい」と思うような人や、文句を言いながらやっている人には、永久に〝その程度〟の仕事しかこないでしょう。たとえば、「雑用」と思っているうちは、雑用の仕事しかきません。
つまり、「雑用」が与えられているのではなくて、「頼まれたことをちゃんと誠実にこなしていくかどうか」を上の人は見ているわけです。

 ですから、アルバイト先の簡単な仕事も、ちゃんとお給料をもらえる会社のコピー取りやお茶くみも、偉い人からの頼まれごとも、妻から頼まれた「ついでの買い物」も、全部、一緒です。
「重い仕事」「軽い仕事」「大事な仕事」「大事じゃない仕事」などの区別はありません。


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