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3667神の子さん:2015/08/01(土) 12:40:39 ID:E94E9Ddc
>1975 :両面宿儺?:2013/01/23(水) 13:51:10 ID:AB6RqYXc

 今日、午前11時台に、NHK総合テレビで「飛騨の円空-千光寺とその周辺の足跡-」
というのを紹介していました。
 今、上野の東京国立博物館で、4月7日まで特別展として展示しているそうですが、その
中に、「両面宿儺(りょうめんすくな)坐像」というのがあるということです。

http://enku2013.jp/

 この「両面宿儺」という名に、見覚えがありました。
 それは、『理想世界』百万運動が激しく行われたあと昭和54年ごろに、『貴方から
の手紙』と題してに全国各教化部などに送られ、教団組織に激震動揺を与えた“怪文
書”の発信人が、「両面宿儺」と名乗っていたからです。

 「両面宿儺」とは、何者か。

       ○

両面宿儺
http://blogs.yahoo.co.jp/to7002/33580234.html

今から約1,600年前、仁徳天皇の時代。飛騨国に、両面宿儺(リョウメンスクナ)と言う怪物
がおりました。
身の丈およそ七尺あまり(約2m)、頭の前後に二つの顔を持ち、手足も4本ずつある
と言う異形。
動きは素早く、怪力無双。
手下を引き連れては里で略奪を繰り返し、人々を恐れさせておりました。豊作でない
と略奪もできないので、日照り続きの時には二つの口で山に吠え雨を呼び、冷害が出
ると二つの口から噴出した炎で悪霊を払いました。その為、飛騨国では常に豊作に恵
まれたそうです。里を荒らし、帝に逆らう両面宿儺に業を煮やした朝廷は、終に討伐
軍を派遣。500日も続いた激戦の末、多くの手下を失った両面宿儺は、討伐軍の大将・
武振熊命に捕らえられます。両面宿儺の戦いぶりに敵ながら感嘆していた武振熊命は
助命を申し出ますが、両面宿儺はそれを拒否し、潔く討たれる道を選んだとされてお
ります。

       ○

 前述の、『貴方からの手紙』の発信人「両面宿儺」の正体はいまだに明かされてい
ませんが、現総裁がこの「両面宿儺」であるか、そうでなくても『貴方からの手紙』
に関わっていたのではないか、という説があります。真偽の程はわかりませんが、そ
ういうことがあり得るかも知れません。
 もし、そうだとしたら、この「両面宿儺」を討伐することは、簡単なことではない、
と思われます。 <


>1983 :トキ:2013/01/23(水) 14:16:04 ID:O2KU9crs
>>1975

 懐かしい名前ですね。でも、内容は恐ろしいです。今からブルブル震えております。<

さて、トキ様はこの内容を以前云われていたので内容はご存知でしょうね。
なつかしいという言葉でもわかります。
この内容ににある幹部が関わっていたということはわかっていました。
東京の人で二人で行われたことは知っています。名前も知っています。
だから、トキ様は震えるのでしょう。

両面宿儺という名前ではなく、それを行った人物であると思っています。

これはちょうど”うのはな”さんに書いた追儺式という言葉です。これは京都
ではよくこの名前を使用しますし、皇室でも今もその伝統が残っています。
また私達が行う、節分の日がその行事です。だから本来は怖くもありませんし
ブルブル震えることでもない。
だから人物を知っているから震えるのだと思っています。

更に儺と書いて「おにやらい」とも云いますし、追儺(ついに)と書いて「おにやらい」
と呼びます。つまり「やらい」は鬼を追っ払うことで、語源を調べると恐ろしく
はありません。

やはり、こういうことを知っている人間は私も含めて「忘れられない」ことであります。


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