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独占板

2495竹の子:2015/05/03(日) 19:17:50 ID:nodI0b6k
   もっと遊んだらいい

 良治は入所早々、就労を希望した。しかし、入所前の児童自立支援ホームで、良治は就労に失敗している。
しかも、就労一日半で解雇されたケースが何度もあった。トレーニングの必要性を感じた。
 わたしは良治に言った。
「きみはいままで母親のかわりに長くやってきて子ども時代がなかった」
「もっと遊んだらいい。ここでゆっくりしなさい」

 エッと驚いた顔をし、そしてホッとした表情を良治は見せた。
それから、良治は安心したようによく眠った。一日二〇時間も眠ることさえあった。
頭から毛布をかぶって眠る姿は、カイコのマユのようであった。そのなかで心の傷を癒しているように感じた。
やがて良治には抑うつ症状が観察されるようになった。深いため息と虚脱感。虚ろな視線と憂愁の表情。安全で安心な環境だからこそ、
良治は症状を見せることができ「ゆっくりしたらいいんだよ」

      からだで表現する

 良治は明け方まで眠れないと語った。父親が母親を殴ったり蹴ったりしているDVが、
いままさに目の前で起こっているようで飛び起きるという。「眠れるように、少し薬を飲んでみようか」
わたしは良治に大学病院で受診させた。問診する若い医師に、詳細な家族史と生育史と綴ったレポートを渡し、
観察された良治の症状を伝え、「虐待によるPTSDの侵入症状として悪夢やフラッシュバックではないか」と、コメントした。

 睡眠導入剤が処方された。心のSOSを発することが可能であるとわかり、長年の心の梁をおろした良治は、かつての輝く瞳の良治という
仮面をつけての演技をもう演じることはなかった。しんどいことをしんどいと表現した。最初はからだで。
 ある時、気がつくと良治は、食堂のテーブルにひたいを打ちつけはじめた。
横にいる浩太まで同じようにヘッドパッテインィングを始めた。限りなく打ち続けるふたり。わたしは傷つかないように、タオルをあてて緩衝させ、落ち着くまで見守った。

       言葉で表現する

 二年間かけて、良治の起きる時間を少しずつ繰り上げていった。だんだん朝、起きられるようになってきた。
キャッチボールや庭の草むしり、太陽を浴びての毎日。良治の肌も健康的な色になった。その日の作業やレクレーションを決める「子ども会議」が開催され、
作業の当番や夜の点呼の司会などを子どもたちが自律的に決めた。

 わたしに提出する日記には、子どもたちがその日の行事や思いを綴る。
文章化が苦手な子どもは、その日の気分を晴れや雨マークで記して出される日記帳。
わたしに出すと同時に、子ども同士の交換日記もおこなわれる。いくつもの言葉のキャッチボールが
重層的に繰り広げられる。そんな毎日のなかで、良治もおのずと元気になっていった。

 健常者と障害者との知的境界域にある良治のために、浩太とふたりで通わせた障害者更生施設での作業トレーニング。
半年間の実習を終えて、障害者職業センターでの職能判定とジョブコーチの派遣要請。障害者担当のハローワーク職員との打ち合わせ。
良治の社会的自立のための階段が周到に用意された。

     いつでも帰ってきたらよい

 旧知の介護施設の事務長に就労を依頼し、自立への一歩が進もうというときの良治の冒頭の
講義である。あれほど良治が望んだ就労。社会へ出ていく不安がそうさせたと感じた。彼の言い分を
聞き終わったときに、わたしは彼が理解できるように言葉を選びながら話し出した。

「面接の目の前にして不安にもなろう。でも失敗しても、きみにはいつでもここがある。ここに戻ってきて、
また力をつけて挑戦すればよい。出て行こうと思えば応援してあげるし、ここにいたければいつまでもいてもよい。
選ぶのはきみ自身だ。わたしはいつまででも応援してあげるよ」

 いきりたっていた良治の感情の波に静謐が訪れた。怒りに燃え、大粒の涙を浮かべていた目は静かで新たな涙で濡れていた。
良治は静かにこうべを下げた。わたしはもう何も語らなかった。隣で見守っていた浩太に肩を抱かれて起ち上がる良治を見送った。
家も打つ激しい雨もいつしか静かな雨になって窓を濡らしていた。わたしは静寂な空間に戻った応接室のソファーにしばらく身を委ねていた。
良治の過ぎし日とこれからの行く末に思いをはせながら。

 『神様からの贈り物 里親土井ホームの子どもたち』 土井高徳 著


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