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234神の子さん:2014/12/08(月) 18:44:34 ID:rDLEOa..
神道事務局 祭神論争[編集]

1880-1881年の論争。東京の日比谷に設けられた神道事務局神殿の祭神をめぐって神道界に激しい教理論争が起こった。神道事務局は事務局の神殿における祭神として造化三神(天之御中主神、高御産巣日神、神産巣日神)と天照大神の四柱を祀ることとしたが、その中心を担っていたのは伊勢神宮大宮司の田中頼庸ら「伊勢派」の神官であった。これに対して千家尊福を中心とする「出雲派」は「幽顕一如」を掲げ、祭神を大国主大神を加えた五柱にすべきとした。

伊勢派のなかにも出雲派支持者が多く出たが、伊勢派の幹部はこれを危惧し、明治天皇の勅裁により収拾した(神道事務局神殿は宮中三殿の遙拝殿と決定、事実上の出雲派敗北)。政府は、神道に共通する教義体系の創造の不可能性と、近代国家が復古神道的な教説によって直接に民衆を統制することの不可能性を認識したといわれている。


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