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独占板
2165
:
シャンソン
:2015/04/09(木) 22:34:13 ID:m/LGr9C2
>>2164
つづき
質問の主は六十二歳のKさん(匿名とする)という主婦である。私と同年齢の女性である点が、私の驚きをさらに強めた。私はいわゆる「団塊の世代」の最後尾に位置していて、
高校から大学時代に学生運動の頂点と終息を実地に見聞した。当時は残念ながら、日本中の多くの大学で授業をまともに受けられない混乱が続いていたから、本来学ぶべきことを学ばずに卒業した人も
多くいたに違いない。その中でも、私は自分が学問に熱心な学生だったと自負している。
しかしそうであっても、日本の現代史と国際関係の諸問題については、専攻しないかぎりは〝上辺をなでる〟程度の知識しか得られなかっただろう。というのは、当時の高校までの歴史の授業は、古代から明治維新までの
ことには注目するが、現代史は省略する傾向にあったからだ。私は政治学と国際法、国際関係論を専攻したから、大学ではそうではない学生よりも日本をめぐる現代の国際情勢について多くの知識を得たかもしれない。また、
大学卒業後は米国の大学院の同じ専門課程で学んだことで、この分野の知識を多く得られたことに感謝している。が、そうであるにしても、私の年齢の日本人で、しかも生長の家に関係している人が、日本の現代史の中で、〝最重要〟と思われるあの戦争が
起こった経緯について正しい知識に欠けていることは、きわめて由々しい事態だだと感じたのである。
その原因の一部は、生長の家にもある。それは、創始者の谷口雅春先生があの戦争のことを「聖戦」と形容したことが一度ならずあり、当時の日本政府の言い分を擁護される文章も多く残されているからだ。
しかし、その一方で、雅春先生は、生長の家の教義上の重要な文書である「神示」の中で、あの戦争を明確に否定され、戦争に至った日本人の精神状態を厳しく批判されるなどしている。この一見矛盾した表現のために、生長の家の信徒の間では、あの戦争についての評価が
長期にわたりまちまちであった。しかし、この問題は二〇〇四年の『歴史から何を学ぶかー平成十五年度の生長の家教修会の記録』(谷口雅宣監修、生長の家刊)発刊以後は、大方の信徒の間では解決したと私は思っていた。なぜなら、同書では、様々な年代や状況下での雅春先生の御文章を多数引用して、
あの戦争をめぐる先生の評価の変遷を示し、それがなぜ起こったかを比較的丁寧に分析しているからである。
しかし、同書発行から十年が過ぎても、この程度の理解の人がいるならば、過去の評価をもっと明確な言葉で表現する必要がある、と私は感じた。
そんな理由もあって、本書第一部第一章「運動の変化について」では、あの戦争の終了後、日本社会がたどった方向に関連して、谷口雅春先生がどのようなお考えだったかを明確に表現した。これは即ち、先生の日本国憲法に対するお考えを述べることでもある。
そうすると、私は前掲のKさんの「もっと雅春先生の憲法に関する著書を世に出すべきではないのでしょうか」という質問に事実上答えている。この問題に関する読者は、だからそこを読み、そして「宗教運動は時代の制約下にある」という事実を知ってほしいのである。
第一章はこの事実を、生長の家の実例をもって示すことに費やされている。
このことは、私たちが学校の歴史の授業で、例えば鎌倉仏教の教えがその前の仏教とどう違うかとか、キリスト教が宗教改革を経てどう変化したかなどを学ぶ際には、何の疑問も起こらない当然の前提だったろう。
しかし、ことが自分自身の信仰する宗教になると、「教祖の教えと現在のやり方は違う」などと指摘されると、前者(教祖の教え)ではなく、後者(現在のやり方)を疑問視する傾向が強くなりがちだ。その心情は十分理解できる。しかし、宗教の教祖も、その人が生きた環境と時代から完全に自由になることはないのである。
別の言い方をすれば、ある人物が説いた教えが人々の注目を集め、多くの信者を獲得するにいたるには、その教えが、その時代の人々が求める内容をもち、その土地の人々の環境や生活習慣と密接に関係している必要があるのである。
この二つのことは、同じことを別の角度から表現したに過ぎない。つまり、宗教は時代と環境の要請から生まれるから、その時代と環境が変化すれば、宗教自体も変化を要求されるのである。
(はしがきより)
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