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独占板

2132シャンソン:2015/04/05(日) 22:21:40 ID:qQ2SF8T.
妖怪だから、あやかしみたいな野狐禅と波長が合うのか。
 誰かが理想とする、誰かが望む人生を生きてるだけじゃないかって
 考え過ぎだと思う。人はそんなに他人に期待していないのだ。

>326 :八百比丘尼:2011/10/20(木) 14:07:46 ID:j8iOdie.
場違いな話になるかもしれませんが、お許しを。
清超先生のご著書に『人生はドラマである』という御本があります。
この中に、人生ドラマは自分で作った筋書きを自作自演するのだ。と
書かれております。
私は考えます。
さて、この人生ドラマは自分が望んで、その通りに演じているのだろうか?と。
私は、他人の目から見た幸福を演じているだけではないのだろうか。

親の喜ぶ相手、世間も認める相手と結婚して、良い夫、妻を演じ、
良い父親、母親を演じ、また良い息子、娘、また良い隣人を演じ続けて
いるのではないだろうか。
「良いご家族で、何不自由なく暮らしていらっしゃる幸福なご家庭」
と言われること。
そういう舞台の上で私は演じ続けている。
本当の心は、仮面の下に隠していつも愛想よく笑っている。
そうして、神さまが幕を降ろされる時までひたすら観客達が喜ぶ台詞を言い続ける。
まるで仮面舞踏会で踊り続けているような世界。
いよいよ千秋楽の日、幕の降りる寸前に、
「ありがとう、いい人生だった。今度生まれ変わっても、またあなたと
一緒になりたいな。」と言うのでしょうか。

楽屋に戻り、ドーランを落とし衣装を脱ぎ捨てて、私は何とつぶやくのでしょう。
お客さまに喜んでいただけて良かった。と心から言うのでしょうか?

シュレーディンガーの猫のたとえではありませんが、
生と死を半々に持った猫が顔を出すような気がしてなりません。
でも、結局は自分から望んでその舞台に立ったのは、私なのでしょうね。


  
         --鈴夜 楽屋こぼれ話ーー

《 人は悪口に 「人三化七」なんていうが、
  ほんとうのことをいうと、比丘尼には悪いが 「人無化十」といって
  人間のほうに籍が遠いんだよ。

  世間をだまして生きていたって、いいじゃないか。
                     妖怪だもの・・・・・。》


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