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独占板

180愛と追憶の日々:2014/12/01(月) 03:25:10 ID:HdCQvJ.s
     祈りのひと

 毎月初めの〝おついたち〟に、陛下は皇居の森深くにある宮中三殿に「旬祭」のお参りをされる。
国家の平安と国民の幸福を祈られるだという。年間の宮中祭祀は、その多くを両陛下がお揃いでお参りになるが、
「旬祭」は天皇陛下お一人での行事である(2008年までは毎月1日にお参りされたが、2009年以降は昭和天皇の例にならい、
5月1日および10月1日の旬祭にご親拝なさり、それ以外の旬祭はご代拝となっている)。

 旬祭のこの日、皇后さまは陛下のお出ましを玄関でお見送りになった後、2階の御自室で静かにお帰りをお待ちになる。そして、ちょうど陛下が三殿の中央、
御神宝の鏡を祀る賢所にお参りになる時刻に合わせて戸外へ出られ、その方角に向かって遥拝をされる。
 皇后さまの賢所への御参拝は、1月3日の元始祭から年末の大正天皇祭まで、恒例の基本的なお祭りに加え、歴代天皇の崩御後、100年ごとに行われる「式年再」、海外旅行の後先など、
多い時には年に20回近くになることもあるという。

 昭和天皇陵、香淳皇后陵へのお参りも毎年欠かされたことがない。
20年の長きにわたり、東宮妃美智子さまに女官長としてお仕えした松村淑子さんは、次のように記している。
「賢所で行われます皇室の祭祀は、古代に則ったもので、お支度にも長い時間を要し、時にはお辛いかともお察ししたことでしたが、お祀り前後に度重ねて行う手清ましや口すすぎも、全て古式通りを保たれました。
『初めは、随分度々にと思いましたが、考えてみると昔聖地といわれる場所に行った人たちは、皆遠い道のりを行き、その間に自分の気持ちを清めていったのでしょう。
繰り返し口をすすぎ、手を清めるのは、雑多な日常を離れ、俗から聖に移るときの、身を慎む大切な道のりなのだと思うようになりました』と(皇后さまは)いつかお話し下さり、それ以後、一連の所作が、私どもにも本当に大切に
感じられて来たことを思い出します。古いしきたりの中に意味を求め、時に理解し得ずとも引き継ぎ、やがて時と共に一つの解釈にいたるという、こうした希有な忍耐と、一種のお気の長さとを持って、皇后さまは静かに昭和の東宮妃の任を
全う遊ばしました」(「文藝春秋」2003年11月号より)

 祭礼にあたっては、重い装束をお召しになりながらも、一つ一つのご所作をゆったりと美しくなさるという皇后さま。
東宮妃としてお参りを始められた当初より、内掌殿と呼ばれ、賢所に奉仕する女性の年長者によく教えを請われ、1回ごとのお参りを真剣に重ねられてこられたと伺う。
 内掌殿とは、平安の時代から変わらぬしきたりの中で、日々神さまにお仕えする女性のことで、そのしきたりのすべては口伝によるものだった。
賢所は神聖な場所のため、穢れを嫌い、次、清の別などの規律がある。

〝清〟とは清い、つまり清浄で、〝次〟とは清浄でないことを意味する。御殿や神様の前に上がる時には〝清〟でなければならず、起床後には潔斎をして身を清め、身につける物や行動まで
すべてが〝次〟と〝清〟に分けられているのである。
 清々しく謙虚な心で祈るということは、世界中のすべての宗教に通じることなのではないだろうか。
とはいえ、身体的にはとても大変なことの連続であろうと拝察する。賢所での皇后さまの時間を想像してありがたい気持ちになるのは、私だけではないだろう。

 『皇后陛下 美智子さま 心のかけ橋』 渡邊満子 著


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