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独占板
146
:
シャンソン
:2014/11/28(金) 20:58:15 ID:cmtXGuB6
百姓愛道場
谷口は根っからの求道者的精神とともに、いつも立ち止まって、はてこれでよいのだろうかと考え込んでしまう
性質が強かった。だから、思想家の思想を知識として吸収するだけの物知りではなく、思いがけないことを、
自分の理想に殉じて実行してしまった人物に多大の尊敬を払ってやまない。
いまその人の所行について事後のことをつぶさに知る資料をもたないが、谷口は大正末年、江渡狄嶺(一八八〇ー一九四四)という
大学出のインテリが、手を労して働かざる者食うべからずの原則から、妻子まで棄てて「百姓生活」に身を挺した生き方に、共鳴と讃辞とともに批評を加えている。
谷口はいう。「氏は随分ものを突きつめて考えると云った性の人で、『真理』と思ったところのものにぐんぐん萬地(まっしぐら)に進んで行く人のようだ。間違っていても
真剣なその態度は、それが態度だけでも自分は好きだ」(『新仏教の発見』二〇〇頁)
江渡の考えは、
「私が百姓生活を、私の良心生活として選んだ時は、健康な人は誰しも、衣食住に直接必要な肉体労働をなすべきものだと考えたのであった。それは何人もいい逃れるべきことの出来ない、
生活上の必須条件だと考えた。人は各々、この人間の生活して行く上の、第一義務を果した後で、初めて、許されてその人個人に与えられた賦能に向って進むことが出来る」(江渡狄嶺「或る百姓の家」
二五二ー五頁、谷口の同書所収)
というのであって、ごく素朴単純な勤労観、人生観といってしまえばそれまでだが、だれでも考えることを考えるだけでなく、それを実践してしまう「真剣さ」に谷口は感動する。
江渡の見方だと、地上のすべての人の生活は天地のめぐみ、人のめぐみによって生かされている一大行乞的生活のなかにあるのであり、パンを得る道はただパンを得るの直接労働により、生活して行くべきものであるという。
『谷口雅春とその時代』 小野泰博 著
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