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独占板

1403シャンソン:2015/02/24(火) 19:52:33 ID:aaR2SlKo
   勇気 心に火をつける

 ある作家が、現代で子どもたちに最も教えなくなったのが「勇気の大切さ」だと述べていた。
戦争中の「蛮勇」への批判や反省の拡大解釈から、「勇気」を教える大人が激減した。そして、その結果、「最も
大切な『自分の命』さえ守れば、どんな卑怯も腰抜けも許されるという風潮が生まれた、という。

 確かに、学校でも「勇気」の大切さを教えることは重視されていない。しかし、言うまでもなく、どんな善行でも勇気がなくては成就しない。

いじめや嫌がらせ、あるいは万引きなども、単独で行うことは稀で、多くの場合複数によるものである。
その該当児童たちを呼んで指導をすると、つられてやってしまった子たちはほぼすべて「悪いとわかっていたけど、やめる勇気や止める勇気がなかった」という。
そこに最も欠けているは「勇気」だ。いじめや万引きのグループから抜ければ、それなりの「制裁」は受けるだろう。無難にはいかないかもしれない。
しかし、自分が選んでやった「間違った行為」でもあるのだ。

 少々の傷は当然、でも意に反したことをこれ以上続けてはいけない、だからやめる、という意志を貫くことが重要なはずだ。
しかし、そうはせずに目先にある仲間たちからの「咎め」を避けるためにそのままの関係、そのままの行為を続けてしまう。こうした例は数多(あまた)ある。
決定的に不足しているのは「勇気」だ。

 子どもたちに勇気の大切さを教えないことが、目先の保身を選ばせる(もちろんそれは本当の意味での保身になっていないが)。
また、進んで集団の代表になり、進んで大きな責任を負おうという気持ちを持った子が減ってきたのも現代の特徴である。
「学級委員」の選挙でも、立候補者ゼロ、あるいは一、二人というクラスもよく見られる。進んで大きな責任を負うことが成長には必須であるのに、
立候補して落選する恥ずかしさが先に立ってしまう子や、仮に当選しても責任者として叱られることが嫌だという理由で立候補しないのだ。

 リスクを取る勇気がないのだ。中には内心「やってみようかな」という気持ちがあるのに、保身の方を選び、自分の心の火を消してしまうのだ。
迷ったときには、「勇気」が何よりも必要なんだという価値観が内面化していないのである。
こうした子たちに、ただ「勇気を出せ」「失敗してもいいじゃないか」といくらいっても変わらない。担任の力説が全く通じないという霊はあまたある。
ではどうしたらいいのか。

 子どもたちの心に訴えるには、「先回り思考」が有効である。
子どもたちの心の中に起こるであろう思考過程を先回りして提示し、どっちの道を選ぶのが「よいこと」で、それはなぜなのかを説くことである。そうすれば、子どもたちの心に響く。

『子どもたちが身を乗り出して聞く 道徳の話』 平 光雄 著


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