したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | |

独占板

1016シャンソン:2015/01/19(月) 11:02:02 ID:yJ4bnz86
こうして私は救われた ■ 体験談集1 生長の家本部編集

      神心に目覚めて    桐村 幸甫 (21歳)

 私が御教えにふれさせていただいたのは四歳の時だったのですが、母はそれきりぜんぜん本を読まなかったので終戦後すごく苦労しました。
私が生まれた時はまだ生長の家を知らなかったのですが快感分娩だったそうです。父が本屋をしていたので、父が戦争に行っている時も私が選んだ本を
送ったり、氏神様に毎朝詣っていたそうです。

 私がお腹にいる時からそのようにしていたせいか、私は、小さい時からの信仰の話を聞いたり、本を読むことが趣味のようになってしまい、自分で自分が嫌いだったのです。
「もっと他の人のようにしたいなあ」と思ってもどうしても駄目でした。終戦後御教えを離れたせいか、義理の仲ですごく意地悪されたのです。
父は二歳の時死にまして、親子二人あっちへ歩きこっちへ歩きして苦労しまして、十二歳の時あまり親子喧嘩ばかりするものですから、近所の人に勧められて誌友会に行かせてもらいました。

 その時に「汝ら天地一切のものと和解せよ。天地一切のものとの和解が成立するとき天地一切のものは汝の味方である。.....時が来た。今すべての病人は起つことが出来るにである」と
あの『甘露の法雨』をお聞きしましたときには、もう光に打たれた感じが致しました。それからそのとおり実行しておればよかったのですが、私も母も過去の人を憎み、肉親を恨んでいましたので、
お話をお勧めしましても他の人は治っていただけるのですが、私はいっこうに親子喧嘩が止まりませんでした。

 私は「肉体なし」ということは小さい時から教えられておりましたから、病気になっても、「これは心の影やから医者に行かんでも治るから」と強情はって寝てましても治るし、そういう体験はいくらでも
いただいたのです。でもいただきながら母に「こんな病気治った」と言うと、「そんなの神に波長があっただけやないの、当たり前のことやないの。そんなこと言うている間はまだ信心は浅いわ」と、物凄く高ぶった心で言われまして、
古い誌友の方に、生長の家の先生の話やとか、道場の話を聞かされると批判ばかりするのです。しまいには御教えのことまで非難しましても、私も「そういえば生長の家はそうかなあ」と思うようになりまして、もう悩んで悩んで、
私が一番求めていた清らかな宗教だと思っていたのがそんなのだろうかとすごく悲観しまして悩んでいたのです。

 五月の青年大会に行かせていただくまでは、もう寝ても起きても、くよくよくよくよしておりまして、それで人に言われたことはいつまでも根に持つ性質ですから、実相を見ることは解っているのですが、母に「復讐したい、復讐したい」といって
どなり込んで行ったりしてのです。それで、これを払うためにどうしても青年大会に行かなかんと思って、『ヨハネ傳講義』(谷口雅春著 日本教文社刊)でも読ませていただいて、キリストの気持ちでも汲ませてもらわなくてはとても助からないと思いまして
読ませていただきました。すると、キリストは最後に愛弟子が裏切った時でも許されて、「彼等はなすことを知らざるなり」といって祈られた大愛の方だというお話を聞き、あんな徳の高い方までがそんなことを言っておられるのに、私のようなものが、
ちょっと言われたことにいつまでもくよくよ根に持って恨んですまなかった、
「私は実相を見つめて行こう、どんなことがあっても実相だけ見つめて行こう」と思いました。


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板