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本流対策室/5
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マサノブ教批判⑤NEW (773)
日時:2013年04月11日 (木) 11時40分
名前:サーチャー
マサノブ教批判⑤ (7599) 日時:2013年04月11日 (木) 09時59分
名前:中村晃生
<マサノブ教は、今後住吉大神ではなく、観音信仰に突き進む?!>
この「生長の家ってどんな教え?」の本を詳細に検討してみると、面白いことが判明します。それは、今後のマサノブ教団の動向を暗示しているからです。おそらく彼は、今後ますます「観世音菩薩」を前面に押し出してきて、「生長の家のご本尊は、観世音菩薩である」と強弁して行くでありましょう。ますます「生長の家の大神」の意向を全く無視し、ウソにウソを上塗りしてゆくと思われます。それは、この本の中味と、彼の最近の行動を見ればよく分かります。
この本の中では、前述したように彼は、「生長の家」の立教のことをハッキリ言いません。それに言及しているのは、はしがきで >生長の家は昭和5年に立教以来、すでに八十年を超える歴史を持つが、その間一貫して“文書による伝道”を展開してきた< という部分と、「神示」に関して説明した部分で、 (P91)>谷口雅春先生が生長の家を始められて間もなく「神示」が天降ってきたのです。< この2箇所だけです。これではキチンとこの本を読んでいないと、誰が何時「生長の家」を設立したのかは、良く分かりません。
やはり立教に関しては、創始者である谷口雅春先生が、何時どのような経緯で、どのようにして「住吉大神」の啓示を受けたのか、そしてどのような悟りを開かれたのか――を明確に書く必要があるのです。それでこそ「入門書」の最低限の条件と言えるでしょう。
しかし、肝心の「住吉大神」に関しての記述は、この本の中には「ゼロ」なのです。
わずかに神の説明の下りで、雅春先生のご著書を引用して (P212)>その第二義は、宇宙の太霊が方便をもって仮にある形相に現れた場合である。観世音菩薩とか塩椎神(しおつちのかみ)とかである。方便身とも応化身とも云われている< と、「塩椎神」の名を出してあるだけ。「塩椎神」が、「住吉大神」の別名であることの説明はもちろんありません。
これに反して、「観世音菩薩」の説明は、わざわざP172から4ページにわたり「観世音菩薩からのメッセージ」という1つの章を当てており、その中で (P174)>だから、生長の家は「観世音菩薩の信仰」だと言っても間違いではない。『真理の吟唱』(谷口雅春著)には「生長の家の礼拝の本尊は観世音菩薩なのである」と明記されています< と、わざわざここだけ雅春先生のご文章の中の、自分の主張に都合の良い部分だけを「摘み食い」して、論理を変造しているのです。反対に「住吉大神がご本尊」とそれこそ明記された先生の多くの本や文章などは、山ほどあるのに一切無視して載せていません。これでは故意に「ご本尊」の本体を「くらます者」との非難を浴びても仕方がないでしょう。
前稿でも申し上げましたように、「観世音菩薩」は、あくまでも「万教帰一」の立場で先生が説かれたものであります。谷口先生の >観世音菩薩とか塩椎神(しおつちのかみ)とかである。方便身とも応化身とも云われている< のご文章にあるとおり、「観世音菩薩」や「塩椎神」は、あくまでも第一義の宇宙の「本源の神」の方便として現れているだけです。
その意味では第二義的な「住吉大神」も応現神でありますが、その応現神の中で普通我々が「生長の家の神様」と申し上げる時には、「住吉大神」であり「塩椎神」のことを指すのであり、「観世音菩薩」では決してないのです。これでは、「生長の家」に初めて接する人間は、「この宗教は観音信仰だ」と勘違いするのも無理もありません。それをマサノブ氏は、百も承知でわざと勘違いするような本の構成にしているのです。悪質な詐術であると言わざるをえません。
このような「生長の家ってどんな教え?」の本の中の作為。さらには昨年の「観世音菩薩賛歌」の偽経の作成を考えると、今後マサノブ教では、「生長の家のご本尊」と谷口雅春先生が明定されている「住吉大神」をすり替えて、「観音信仰」に突っ走ることは、火を見るより明らかです。我々は、このようなマサノブ氏の「暴挙」ともいえる「ご本尊すり替え」の作為的行動を断固糾弾して行かねばなりません!
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