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本流対策室/5

1961トンチンカン:2013/07/15(月) 00:24:34 ID:nFgY2khg

落慶式典で何を学ぶか

<光明掲示板>
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落慶式典で何を学ぶか① (9791)       日時:2013年07月12日 (金) 11時25分
名前:中村晃生

<ますますカルト化?するマサノブ教団>

私は、マサノブ教の自然主義の誤謬を論じようと思ったのですが、その前提として、「森
のオフィス」の落慶式典が挙行されました。ここに問題の本質が明示されていますので、
先ずはこの点の批判から始めたいと思います。

今回の「森のオフィス落慶式典」で、いくつかのマサノブ教の重要なポイントが明らかに
なりました。それは、マサノブ教が谷口雅春先生創設の「生長の家」とは、全く別の異質
な教団を創設し、それに向かって突っ走っていると言うことであります。


それは式典を見れば一目瞭然です。先ず、式典には国旗が掲げられていません。国歌も歌
われていません。つまり、この教団には日本国という関わりが全く無いのです。当然のこ
とながら「光輪卍十字架」の本来の「生長の家旗」もありません。つまり、谷口先生創設
の「生長の家」を象徴するいかなるシンボルも存在しないのです。


そして、最後の極め付きが――実相の御軸が最初に掲げて有ったのが、途中から引っ込め
られその代わりに「雑木林」の姿がガラス戸の向こう側に姿を現す――という演出です。
つまり、「実相」の姿ではなく雑木林に象徴される「自然」を拝めということなのでしょ
う。これは「靖国見真会」参加者さんも指摘している通りまさに「現象」そのものです。
どうやらその現象の姿の中に、相克している(とマサノブ氏は幻想しているだけなのだが)
「人間」と「自然」の「大調和」を祈れというころのようです??


私は、鼻からマサノブ氏の「自然崇拝」に何か引っかかるものを感じていました。何か不
自然なものを感じていたのです。だってそうでしょう。世界広しといえど、「森」を崇拝
するという宗教団体など、聞いたことがありません。他にそのような宗教が存在しないと
いうことは、世界的に見て「一般性が無い」という事です。つまり、人類はそうした雑然
とした「雑木林」の中に一般的に神様はいないと認識しているということです。やはり、
神様は居られるとすれば、キチンとした社にお祭りされるべきで、むきだしの自然界の中、
それも雑木林の中には居られないだろうと思いますが・・・何か、マサノブ教のやること、
為すことがチグハグで宗教団体の体を成していない気がします。


そもそもマサノブ氏が「ヒキコ森に行く」と言い出したことが、彼の「人間至上主義」の
論理が発展して出てきた結論であり、「森に行く」ことが、宗教の現代的方向で、マサノ
ブ教は、そうした「文明史的な転換」の先駆者であるという訳です。


まあ、「その意気たるや壮」と言ってもいいのですが、問題はその問題意識と方向性です。
これについてはこの後の論述で詳述します。


でも、それにしては「森」という概念そのものが、薄暗いイメージを持っていますよね。
外国の映画を見てもそれは良く分かります。暗い森の中にいるのは、お化けや狼ぐらいの
もの。そういえば狼男も森と切り離せませんよね。


いずれにせよ、マサノブ教の「自然崇拝」、別言すれば「森林崇拝」は、「生長の家」の
光明思想の明るさとは、マッチしそうにありません。このまま進んで行けば、マサノブ教
はますます人類光明化運動の「生長の家」の信仰から大きく離れて、カルト化し、暗黒化
して行くのではと心配しています。


カルト教団で有名なのが、あのオウム真理教です。カルト教団の特徴として良くマインド
コントロールが挙げられます。およそ一般性の無い「人間と自然の大調和」を説き、「実
相」ではなく「雑木林」を拝むように仕向けるマサノブ教は、ますます信者が離れて行く
でありましょう。こうしたことで残った信者の皆さんを、マインドコントロールしてお金
を収奪しようとしているのかもしれません。皆さん、お気をつけあれ。

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