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Web誌友会 板/2
5508
:
a hope
:2015/06/12(金) 09:38:32 ID:cEpBaIdo
(
>>5507
a hope所感)
この大本教の筆先にうたわれている「我(が)」というのは、現象生活で発揮される「偽我」のことだと思いますが、
「我(が)」の強い人間は良いことであれ、悪いことであれ大きな事をする力があるわけですから、
もともとそのような力のある人間が「偽我」をなくして「真我」のみを出してくれば、
神業のような善行が可能になるのかもしれません。
ですが、そのように「我」の強い人間が現象世界で生きていると、
特に日本のように「長い物に巻かれ」ていれば無難なような社会環境に生きていると、
「出る杭は打たれる」ということが度々起こるのだと思います。
この第19巻を拝読していると、雅春先生の青年時代も散々ですものね。
しかし、打たれても打たれても、我の強い人間はその「我」を自分では押えきれないわけですから、
結果として、なにか大きな事をしでかしてしまうのだと思います。
その大きな事が悪事であれば犯罪につながるかもしれませんし、善事であれば人類救済につながるのかもしれません。
雅春先生は、本来もって生まれた「我」の強さを「唯神実相」のお悟りを得ることで人類光明化運動を展開されました。
わたしも、「我」は強い方ですから、その「我」の強さを良い方に生かしていきたいと思っています。
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