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Web誌友会 板/2
4281
:
a hope
:2014/09/08(月) 08:20:06 ID:cEpBaIdo
仏心さま(でよろしいでしょうか?)
>>4269
再掲
<<「生長の家」倫理学の中心思想は、「人と神と一体であり、万(よろ)ずのもの皆神より出でたるものであるから、
なんじを害するものは一つもないのであるから、天地一切のものと和解せよ」ということであります。
そこで天地一切のものと和解するには、天地一切のもの、すなわち異端邪説とでも和解したらよいかどうかが問題になるのであります。>>
_____________________________________________________________________________________
これは全くの詭弁ですね。異端邪説を天地一切のものに数えている。異端邪説はどこまで行っても説であり、考え、思想、念でしかない。
本来存在しないものと和解は端からしようがない。
<<これは全くの詭弁ですね。異端邪説を天地一切のものに数えている。>>
↑で仏心さまがおっしゃりたいのは、「「天地一切のもの和解せよ」といいながら、
異端邪説を天地一切のものに含んでいるように表現しているにも拘わらず、
「異端邪説だけは和解してはならぬ」という内容のこの文章が矛盾を含んでいて、詭弁であると思われているのですね。
これに関しては、仏心さまとわたしの解釈は全く違うようです。
この場合の「天地一切のもの」とは「天地一切のものの実相(善一元の世界のもの)」という意味なのだと思うのです。
ですが、実相世界を悟っていない人間には、実相と現象との区別がハッキリつかないわけですから、
方便として、このような説明になっていると思うのです。
ですから、原文に補足の言葉を入れさせていただくと、
(原文)
『そこで天地一切のものと和解するには、天地一切のもの、すなわち異端邪説とでも和解したらよいかどうかが問題になるのであります。』
(a hopeの補足文)
『そこで天地一切のものと和解するには、【現象に現れてみえる】天地一切のもの、すなわち【実相(善)ではない】異端邪説とでも和解したらよいかどうかが問題になるのであります。』
という風になり、このようにわたしは解釈しています。
ですが、そのあとの仏心さまのご発言
<<異端邪説はどこまで行っても説であり、考え、思想、念でしかない。本来存在しないものと和解は端からしようがない。 >>
というご意見には、半分賛同させていただきます。全部賛同できないのは、お言葉が足りないからです。
a hopeの解釈は、
<<異端邪説はどこまで行っても【虚】説であり、【間違った】考え、思想、念でしかない。本来存在しないものと和解は端からしようがない。 >>
ということになります。
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