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Web誌友会 板/2

4242a hope:2014/08/31(日) 18:13:11 ID:cEpBaIdo

本当の生まれ更わり(悔い改め)とは何か


『悟りとは「実相」に目覚めること』p30 8行目〜

○「覚り」というものは、実に妙なハタラキをするものでありまして、ふつう、覚らない人にとっては、
五官に視え触れられる世界が実在であり、五官に見え触れられる人間が実在の人間である。
この生存競争をしているわれ、血みどろな争いに満ちたように見えているこの世界が実在に見えていて、
争いも戦いもない完全な、相互が自他一体に調和した、一連一連の別はあれども、
その一連一連が孤立せず相傷つけず互に一体となって美妙な大調和をなしている一大交響楽のような常楽実相の世界が、
五官に見えない奥に真実の実在としてあると申しましてもウソだと思われるのでありますが、
覚ってみますと、生存競争をし、互に噛み合い、殺し合いをしている世界はかえって無い
――あるように見えても無い ―― ことがわかるのであります。
たとえば、獅子と羊とが互いに草を食って遊んでいるような大調和の世界、
そんな大調和の世界はありえないので、たんに預言者イザヤや谷口雅春の空想のように考えられますけれども、
獅子が羊を食っている世界の方がかえって本来無いのであって、
それはわれわれの妄想(こころのまよい)が活動写真のように映じているのであります、
前節で申しましたように「悔い改めよ、天国はそこにある」でありまして、
心が一転、実相の方を振り向きますと、夢から現実世界に覚めて出るように、
強食弱肉の争闘世界がたちまして消えて、常楽大調和の実相世界があらわれてくるのであります。

そんなことは理屈では駄目、空想では無価値でありますから、強食弱肉の不合理世界、不幸災厄の不合理世界が、
今までは実際あるように思ってもいたし、実際あるように顕れてもいたのが「生長の家」所説の真理を知った結果、
夢からさめるように忽然(こつねん)、旧の不合理悲惨世界が消えて、大調和の世界が実現した実話を次に掲げます。


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