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Web誌友会 板/2

4135a hope:2014/07/27(日) 12:44:20 ID:cEpBaIdo

「驀進日本の心と力」より 『所有権の根拠』p72
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/11346/1322022766/3041

(a hope 所感)

今回の謹写部分で一番心に響いたのは、(注)の「常不軽菩薩」に関する文章でした。(これは生命の實相第13巻p187にもあります。)

<<(注)「認め」の倫理的価値は、遥かに遡(さかのぼ)れば『法華経』の「常不軽菩薩品(じょうふぎょうぼさつほん)」に於て、常不軽菩薩が万人を成仏すべきものとして礼拝したのに始まる。認めて初めて存在に入るのである。この時よりして万人は成仏すべく定められたのである。大通智勝如来(だいつうちしょうにょらい)が※十劫(こう)の間を道場に坐してしかもなお成仏しなかったのは、本来「仏」でありながら「認め」が存在しなかったからである。>>


ここに「認め」の重要さ述べられていると感じました。
宗教の教義をいくら勉強して知識を豊富にしてみても、いくら神想観をして外に神を求め続けても、たくさんの愛行を実行してみても、
わたしたちは『万人を神の子として「認め」、礼拝する』ことができなければ、成仏できないということが述べられているのだと感じました。

「常不軽菩薩」のように、どんなに憎むべき相手であっても、「赦し」「感謝し」「愛する」ことができたとき、
初めて「釈迦」や「キリスト」や「谷口雅春先生」と同じ心境になれるだと思いました。


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