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Web誌友会 板/2

3823トキ:2014/04/07(月) 21:14:27 ID:NDrvF/0Q
 すみません、遅れました。

 以前、日本人の仏教学者がNHKの文化講演会でダライラマについて話していた
のを思いだし、そのデータを探していました。

 このダライラマの話は面白かったです。

 例えば、世界平和について、ダライラマは、「世界平和は大事ですよね? でも
あなたたち、本当に世界平和が実現すると思っているのですか? あなたたち、
一人一人が心から世界平和の実現を望んでいるのか、それとも、釈尊が非暴力を
主張する以上、弟子である私達も”釈尊が言った事だから”と言って、世界平和を目指して
いるのか。もし、後者なら、そんな口パクみたいな事を唱えて、世界平和が実現する
はずはない。釈尊がこう言ったから、ではなくて、一人一人が本当に思ってこそ、
世界平和が実現するのです。」と言っているのです。

 それで、「怒り」についても、「怒るな、と言っても、慈悲を持つ人間なら、誰でも
不当な事に直面したら、怒るのが普通です。それを”釈尊がこう言っているから”と言って
怒らない、というのは意味がない。怒らないというテーゼと怒るという現実のギリギリの
線で、どう生きるかが大切だ」という趣旨の話を言っているのです。

 つまり、いきなり世界平和とか怒らない、という場面に至るのが尊いのではなくて、
一つの理想、それが人間の実相を見つめて自分の生き方を見つめる、という姿勢が
大事なような気がします。それが「行」である、という印象があります。

 生長の家の大先達で、谷口雅春先生の弟子だった方が、「信仰をする上で、”公案”を持つ
と良いですよ」とご指導をされた事がありました。つまり、一人一人が自分なりに、行じて
いく。それが、最初は実相の礼拝ではなくて、人間礼拝から始まったのかもしれませんね。


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