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Web誌友会 板/2
333
:
初心者
:2013/02/20(水) 11:17:14 ID:4YcI.wfQ
わたし様
鋭いご洞察です。言葉をもって語ることに問題がある。たしかにおっしゃるとおり
なのです。
自然は美しい。そのとおりです。ではなにが美しいのでしょう。人間はなにをもって
自然を美しいと感じるのでしょう。
わたしは「差異」だとおもいます。差異によって生じる多様性だとおもいます。
なぜこのように考えるかというと、人間が感じ取れるのは差異だけであると
考えるからです。
言葉も差異を語るものです。「イヌ」という言葉は、犬という生き物それじたいを
指し示すのではなく、犬と他の動物との差異のみを指し示しているのではないか、
とわたしは考えます。
言葉がもしも差異しか指し示していないとすれば、そのような言葉をもって真理を
語ることができるのでしょうか。わたしはできないと考えます(わたし様が語って
おられるのは、このようなことではないかと推察いたします。)。
これが「できる」、つまりは「言葉は差異ではなく意味である」と思い込んでいる
人たちが、「絶対的真理」や「虚説」と言った表現を好んでもちい、こうした言葉に
よって惹起される感情を暴走させているというのが、いま起きている構造的問題
ではないかというのがわたしの予想です。
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