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Web誌友会 板/2

2747ユタカ:2013/09/10(火) 22:17:37 ID:R1D4Jmeg
>谷口雅宣総裁に、このプレゼンはどう聞こえたのだろうか? (546)
日時:2013年09月09日 (月) 13時58分
名前:「靖国見真会」参加者


谷口雅宣総裁は、「反五輪」の立場から、こんなことを書いています。

>大石田町に住む75歳の女性からの質問である−−
 
「明るい方向に目と心を向けるべきとは分かっているつもりですが、東日本被災地、人々の事を思うとき、きまったばかりの2020年のオリンピックのことを考えると、どうしても心が晴れません。オリンピックの東京開催を、何事もなかった、ないように喜んでいる特に政治家の、心の内が理解しかね、悩んでいます。」

 大石田町は、山形県の内陸部の最上川に面した町で、江戸時代は河港町として栄えた。天領として船役所が置かれ、奥羽山脈を越えて仙台藩にまで至る物資の流通ルートの要だった。そして、福島県にも近い。だから、この女性が「東日本被災地、人々の事を思う」と書いているのは、もしかしたら福島県から避難してきた人を直接知っているからかもしれない。そういう数多くの人々の破壊された故郷が、五輪の東京開催で今後どうなっていくのか……この疑問に政府は答えていない。巨額の借金を抱えた国が、五輪への投資と東北復興の両方をやるといっても、誰も信じないだろう。大都市と大企業の繁栄のために、東北地方は再び犠牲になるのかという疑念と不安は深刻だと思う。<

そこまで、震災に思いを致すのであれば、“森の中のオフィス”にかかった150億円を、まずはそちらに廻したら良かったのではありませんか?!

意地悪く聞こえるかもしれませんが、谷口雅宣総裁の言葉には、どうしても“為にする論”というのが私の耳にこびりついて離れないのです。

だから、少しも心に響かない!

それよりかは、こちらの方がよほど胸を打ちました。

>高円宮妃久子さまが被災地復興支援に謝意を述べられた後にプレゼンが始まった。壇上に立ったのは世界的には無名のパラリンピアンの佐藤だった。プレゼンメンバーの紹介をチアリーダー仕込みの高らかな声で、明るく華やかにスタート。

 少し間をおき、東京決定へ流れをつくったエレガントなスピーチは始まった。彼女は、「私がここにいるのはスポーツによって救われたからです」と静かに語りかけた。目線はカメラに。両端に設置されたプロンプターは見ない。フワリと黒髪を揺らしながら、カメラ越しにIOC委員1人1人に語りかける。抜てきに「自分が立場に追いついてないな」と話していた3日前がうそのよう。

「骨肉腫で足を失ってしまいました」。右足膝下を切断したつらい過去には、言葉が詰まりそうになる。故郷の宮城県気仙沼市が東日本大震災で津波の被害を受けた。スクリーンには被災地の様子、佐藤が肉親と笑うシーンが映される。一瞬、佐藤はあふれそうになる涙に言葉が出なくなった。悲しみがあふれ出す寸前、佐藤は耐え、必死に話し続けた。

 だが、幾度もスポーツに支えられた体験をアピールするうち、自然と笑みがこぼれた。決してオーバーアクションではなく、時に胸に手を当て、かみしめるよう。実感こもる姿に、聴衆は引き込まれていった。

 人生を貫く「スポーツの力」。演技では表せない自然な笑顔、悲しい表情を交えて、約4分間。自分の人生をさらけ出し、IOC委員に届けた。「気持ちを込めて話せたな」。それは確かに人々の心を打った。

「とても印象的(impressive)でした」。プレゼンを終え、佐藤がロゲ会長にあいさつすると、耳元で優しくささやかれた。同会長は報道陣の前では「ベリーグッド」と親指を立て、佐藤のスピーチをたたえた。モナコ公国のアルベール2世公は「エモーショナルで感動的だった。他のIOC委員にも響いたはずだ」と絶賛。それは、東京が温めた「秘策」が成就した瞬間だった。<

谷口雅宣総裁、それでも「東京五輪」に反対ですか?!


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