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Web誌友会 板/2
2658
:
きのゆり(志恩)
:2013/08/20(火) 15:53:26 ID:.QY5jUA6
別のジョイに、いい文章が載っていましたので、こちらも転載させて頂きます。
登録日:2012/07/07 15:12 登録者:ずんちゃんさん
宇治から届いていた『宝蔵』(宇治体験集)を、今朝読みました。
そして、同封されている「ネットワーク宝蔵」も。
すごいのすごいの
榎本一子先生のご文章が今朝は私の魂にしみこみました。
「宝蔵会員で良かった〜」
と、感動しきり。
「若い頃、生長の家の熱心な信徒だった父に(後に本部講師、(藤原敏之先生のこと))、
「生活の中で悦びが感じられないんだけどいつも喜んでいられるようになるにはどうしたらいいでしょう」と訊いたことがありました。
父は「悦びというのも感情だからそれも現象。
喜べても喜べなくてもどちらもナイのだからどうして味わえないのだろうかと引っかからなくてもいいね。
常に喜んでいる自分があることさえわかっていればいいね」とこともなげに言いました。
“生長の家の信徒たるものいつも喜んでいなくてはならない”と心まで縛っていた縛りが解けた想いがして楽になったことがありました。
「私は神の子、悦びそのものである!感謝そのものである!調和そのものである!幸福そのものである!」
現象の心に悦びが満ちていなくても、毎日少しずつでも心に唱えて実践していっているうちに、
本来の悦びが、感謝が心に満ちてきたことがありました。」(ネットワーク宝蔵第219号より抜粋)
喜べなくても、常に喜んでいる自分があることさえわかっていればいい。
榎本恵吾先生の、「実相が観れなくても、実相があることを喜んだらいい。」というお言葉を思い出しました。
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