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Web誌友会 板/2

2625復興G:2013/08/17(土) 21:51:14 ID:AB6RqYXc

「神癒の展開としての人類光明化運動」 五十一より

≪ 「生長の家人類光明化運動」 のどこにも人間力は要らないのである。

 自分というものはどこにも存在しないのである。自分はどこにも要らないのである。自分の要らない運動を聖なる運動といい、神なる運動というのである。

 運動と自分との分裂ということは有り得ないことである。運動が神であり、自分というものは無いからである。

 「神と偕(とも)に生くる」 とは、神のみが渾ての渾てであって、自分というものは無いということなのである。

 「無一物中無尽蔵(むいちぶつちゅうむじんぞう)」 とは、自分が無いということである。 「無一物」 の一物とは自分のことなのである。≫

 伝道とは、自分が相手に伝えるのではなく、自分が自分に伝えるのである。

 自分を空にしたとき、神は全ての渾てすから、すべては神であり、すべては自分であるのです。

 ――そう思いました。


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