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Web誌友会 板/2

2549a hope:2013/08/13(火) 20:28:47 ID:edEDolt2

(a hopeの自主勉強)

――第4巻p25からp26まで一部抜粋――
<<その生命の実相を悟れば病気が治る――否、神の子たる人間生命の本来相には病気はないのですから、病気が治るも治らぬもない、ただ病気が本来の「無」を暴露するのでありますが、こうして生命の本来相を悟れば同時に薬剤も不要になるのであります。だから、神の子たる人間生命の本来相を悟ることが第一原因で、この第一原因から病気が治るという結果も顕われれば、薬をやめるという結果も生ずるので、病気が治るということと、薬をやめるということはともに結果であって薬をやめたということが病気を治す原因になるんではないのであります。したがってこれを禅家の筆法をもってすれば、「薬を服むという効果は!」ときかれても「曰く無所得」であると同時に、「薬をやめる効果は!」ときかれても「曰く無所得」と答えるほかはありません・・・・(略)>>

――p31からp32まで一部抜粋――
<<先日ある人が修行に来られた。「宇宙のいっさいのものは神様のお造りになったものでありますから、薬も神様のお造りになったものでそれを用いることはさしつかえないではありませんか」といわれた。わたしはその時言下に「人間は神の子ですから何を用いてもさしつかえありません。なにものを用いてもさしつかえありません。なにものを用いようともわれわれを害することはできない。いわんや医薬を服んだぐらいでわれわれの生命が害されるなどということは断じてない。ただ自己の生命を害するのは自分の心であります。・・・(中略)
『無明(まよい)』をもって『無明』を制し、毒をもって毒を制しようとするのが薬物療法で、人間は霊性なる神の子なりと悟らず、人間を肉体という物質的存在だと思っているものには物質的薬剤も一時的効果はあります。人間をば霊性なる神の子なりと信じている人には、薬が要らなくなるのです。しかしまた薬が要らぬとがんばる必要もなくなる。薬などはその人の実相生命にプラスもマイナスもしえないことがわかるからです」と答えたことがあります。・・・(略)>>


(a hope所感)

この「第2章 真理はなんじを自由ならしめん」 にはものすごく大切なことが書かれていると思いました。
特に、病気の方には必読箇所なのではないでしょうか・・・。
わたしの聖典にはほとんどの文章に色とりどりの線が引かれています。
「無所得」とは、頭注によると、「所得(利益)がない、したがってそれに執着することもない。」とあります。
「薬を服す」も「薬をやめる」も無所得なんですね!

わたしは、自分の父が何年も前から持病で医者にかかっていて、毎日たくさんの薬を服しているのに不安を感じていましたが、
この数ページをじっくり拝読して、父が薬をたくさん服していることが気にならなくなりました。
むしろ、今まで父が薬をやめられないことに関してわたしが不安に感じていたこと、
つまり「そんなにたくさんの薬を服んでいても効果などあるわけがない。反対に後あと副作用があるのではないか・・・」
という思いが「逆念」となってしまっていたかもしれないと感じました。
周りが薬をやめさせる努力をしなくても、父が「人間神の子」をさとれば、『無明』であり無所得である薬をしぜんにやめていくのですよね。
これは、他の依存症状を起こすような違法薬物やたばこやアルコールにも関しても同じことが言えるのではないかと思いました。

「物質なし」 「肉体なし」 「病なし」 「人間は神の子である」 生長の家の真理は本当にすごいですね!!


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