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Web誌友会 板/2

2494復興G:2013/07/29(月) 19:20:46 ID:AB6RqYXc

>>2483 :曳馬野様
「一人(いちにん)出家すれば九族天に生まる」という聖句がある……この雅春先生の御文章が正しいのであれば、【孫にあたる雅宣先生は天界に生まれている】ことになります。【いや彼は迷っている】と云うのであれば、雅春先生は悟境に入っていないことになります。<<

――おっしゃるとおりで、そのことは、2年前に私も書いていました。
<「今の教え」と「本流復活」を考える 3>板の<168>で

>168 :復興G:2011/08/01(月)
 私は、雅宣総裁を罵倒することは、谷口雅春先生を罵倒することになるんじゃないかと思うんです。
 なぜなら、谷口雅春先生は「一人(いちにん)出家すれば九族天に生まる」とお教え下さった。九族というのは、高祖・曾祖・祖父・父・自己・子・孫・曾孫・玄孫の9代にわたる親族である。出家するとは、真理を悟って自由を得ることである。一人が悟境に入れば、九族悉く天界に生まれるのであるとお教え下さっているのです。それが、三代目でとんでもない不肖の孫が出てきたということであれば、それは谷口雅春先生のお悟りがその程度のものだったかと、谷口雅春先生をおとしめることになるんじゃありませんか? <<

http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/11346/1311553464/168

 ――と。上記の思いは、今もあります。
 しかし同時に、

   神こそ渾(すべ)ての渾て、
   神は渾てにましまして絶対なるが故に、
   神の外にあるものなし。
   神は実在のすべてを蔽う。
   存在するものにして
   神によって造られざるものなし。

 であり、

   すべて真実の実在は、
   神と神より出でたる物のみなり。
   神は完全にして、
   神の作りたまいしすべての物も完全なり。
   ……
   神は罪人を造り給わざるが故に
   この世に一人の罪人もあらず。

 であって、雅宣総裁を迷いの塊と罵倒しているような“本流”の人々も本来神の子である。

 だから、教団と“本流”は現象世界では裁判に訴えて争いあっているようでも、

<すべての人と事と物とは、今ここに渾然と調和しており、たがいに争い立つということはないのである。現象の世界に、如何なる対立の関係があろうとも、如何なる闘争の関係があろうとも、それは妄想の顕わすところであり、妄想はやがて消えるべき運命にあるのであるから、私はそれを恐れることもないし、それに愕(おどろ)くこともないのである。>(「天地一切と和解する祈り」)

 と祈り続けてきました。

 そして、ただ祈っているだけで何の行動もしないというのではいけない。

<妖雲羃々(よううんべきべき)と空を覆うことがあっても、その上には常に蒼空があるのと同じように、如何に暗澹たる状態が現象的にあらわれてこようとも、その状態に対して心を動ずることはないのである。心を動ずることがないから、何らの対策をも講じないのかというと、決してそうではないのである。心を動ずることがないから、最も適切なる智慧が泉の如く湧き出でて暗を消してしまう処置ができるのである。……神は勇気の本源であり、神の子たる私は、勇気そのものである。神の智慧われに来りて、迅速果敢に適当なる決意と断行をなさしめ給うのである。>

 ということで、祈りつつ行動しているのが今の私であるつもりであります。


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