したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | |

Web誌友会 板/2

1197トキ:2013/05/18(土) 18:06:28 ID:sWbuwuBA
山ちゃん1952様が、a hope様のご投稿に関して、ご意見を述べられています。


http://plaza.rakuten.co.jp/tecnopla/diary/201305180004/

-----------------------------------------------------------------------------------------------------

自ずから勤勉意欲なしでは大和精神はわからない
カテゴリ:カテゴリ未分類
1191 :a hope:2013/05/17(金) 19:07:58 ID:edEDolt2
<< a hopeの自主勉強その1>>

第二章のタイトルは『「生長の家」は大和精神の源泉』となっています。
わたしは、この「大和精神」という言葉がとても気になりました。

わたしは、「大和精神」もしくは「大和魂」と聞くと、日本国のために自分の命を顧みず、敵陣に体当たりして突っ込んでいった、
特攻隊の精神をイメージしてしまうからです。
そういう、日本国を守るためには自分の命をも惜しまない真っ直ぐな忠誠心が大和精神なのかと今まで思っていました。

ところが、「生命の實相」の頭注には、

『大和精神 すべての人・物・事は常に調和の中にあり、互にあらそったりしない世界である。という日本古来の精神。
日本の建国は、この精神によっている。大和魂(やまとだましい)』

とあります。
そして、第二章のタイトルには『「生長の家」は大和精神の源泉』とあります。

このわたしの「大和精神とは、日本国を守るために自分の命をも惜しまない真っ直ぐな国への忠誠心」という認識は、
間違っていたのでしょうか?
どなたか、ご指導をしていただけないでしょうか?<
こういう質問がある場合は回答する側は雅春先生や諸先輩の言葉を引用するのはまだ「大和精神」がわかっていない証拠でもある。

山口悌治先生はそうした精神の把握のために「万葉集」を自ら勉強され「中(みなか)の精神」を把握された。

それは言葉で顕そうとしても表現出来ないものなんです。

大和精神といってもなかなかわからない。私が天皇陵や皇族関連の御陵に参拝するのは何故か?それは天皇信仰を知りたいためだけなのです。

それで何がわかるのかというと「縦の精神」というか「歴史の流れ」なのです。その歴史の流れが「大和精神」なのです。

仮に「吉田松陰」の人物像を知りたいと思えばどうされますか?

松下村塾などに行きますね。そしてその雰囲気を知る為にその地域の空気に触れるでしょう。それは非常に大切なのであります。

次にそうした松陰の本やその書かれた書物を読みますね。それにより人物像を知りますね。

それでもなかなか日本精神とまでいきません。そこから松陰の「和歌」を勉強します。

次には松下村塾で読まれた書物を読みます。時代背景や交流した人物像を探ります。

そうして「吉田松陰」の辞世の句である”身はたとひ 武蔵の野辺に朽ちぬとも 留め置かまし 大和魂”

そこに何故 大和魂があるかを研究すれば自然とわかります。

それが日本精神なのです。自分からわかろうとしないで、日本精神を教えてくださいといってもわかりません。

自分から勉強していかなければ到底知ることは出来ません。

私は日本国の為なら死んでもいいという考えは常に持っております。それが大和魂でも精神でもすべてではありません。だがそうした気持ちの大切さを教えられて生活しております。

一旦緩急あらばの精神でおります。


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板