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生長の家政治連合と「今の教え」を考える/2

3304アクエリアン:2015/07/13(月) 22:02:57 ID:bXmMWTIs
>>3302

>>帝国憲法に欠陥があるのであれば、それを改正すればいいだけの話です。当たり前のことを主張してるだけです。ですから、帝国憲法復元「改正」なんです。<<

>明治天皇肝いりでいずこの帝王もなしえなかった欽定憲法を造った、とされながら改正の余地ありと云うのですね。時勢に関するものはさもありなんと思います。
が私の言わんとすることは天皇の意志よりも帝国議会の決議が優先すると云う事が問題だということです。無知蒙昧の衆議より一人の叡智者の独断の方がよい
とは雅春先生の意見ではなかったですか?国の行く末を左右する戦争開始に関し、叡智者の決断より衆議が優先する憲法、それが素晴らしものですかと訊いているのです。<

確かに、仰るように、天皇の御意志が優先されていたら、という仮定のお話の行く末を覗いてみたい気もしますね。

ですが、そうはならなかったというところに、歴史というものの重さを感じます。

やはり、「摂理としての大東亜戦争」という「神の構図」が「霊的世界」に既に存在していたのではないでしょうか。

帝国憲法においては、天皇は日本国の統治権者であられても、通常のときは、天皇は政治に関わらず、臣下が責任をもってそれを遂行するのであるが、敗戦というような日本民族の危機に際しては、日本国の統治権者であられる天皇のご聖断を仰ぐ、というシステムになっていたと思います。

それが最上の憲法なのかどうか、今後、議論すべき問題でしょう。

>>日本国民がまだまだ、洗脳状態にある、その国民意識の反映が、天皇陛下の占領憲法擁護発言なのではないでしょうか。
あくまでも、天皇陛下が日本国の最上のご存在として皇祖皇宗の御意思が天皇陛下に天下っているのであると、捉えているのが、天皇信仰なのだと思います。 <<

>こんな意見が本流代表格の方の意見とは不思議でなりません。<

私は、本流派の考え方に賛同しているものの、「本流派代表格」(苦笑)など、とんでもない。私など、不勉強もなはだしい、谷口哲学信奉者の末端の一人にすぎません。
ただ、掲示板への書き込みが好きな一人に過ぎません。

>国民が迷妄のなか迷いの道を歩もうとするその時に、最高叡智者『神』の代弁者としての天皇として天皇を位置ずけるのでなければ、何のための天皇なのでしょうか。国民の迷妄を映し出してしまう、国民意識に洗脳されてしまうと云うのですか?<

「秘められたる神示」「君民同治の神示」講義の中で、次のように説かれています。

「この神示において注目すべき点は「無にして絶対であり、一切の主であるところの天皇」とあることであります。天皇は単に「一切の主」であるだけではなく、「無にして絶対」なのであります。・・・・・・「無にして絶対なる神」は、人間が迷っていても、ご自分の意見を出して、それを止め給うことはない。・・・・・それと同じく「無にして絶対なる天皇」は吾々が天皇に対して振り向くことなく、天皇をただ看板にして、「虎の威をかる狐」のように天皇をただ利用して軍閥が自分の権力の増大をはかっている限りは、天皇は神と同じく、別に罰を与えられることもないが、その迷いを制せられることなく、その迷いの行くがままにそのままま委せていられるのでありますが、その迷いが行き詰まって、謙虚でいるしか仕方がなくなって天皇の方へ振り向くとき、そこに天皇の御心があらわれるのであります。」


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