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「教区会員」板

944トキ:2013/11/27(水) 22:34:42 ID:QsleMvcs
SAKURA 様

 修道院の問題は、煎じ詰めると、宗教が世俗と距離を置くべきである、
というテーマになると思います。私は、宗教が世俗と距離を置く事によ
り、有益な面と否定的な面があり、その両方を考えるべきだと考えます。

 比叡山で、千日回峰行という修行があります。酒井雄哉(さかい ゆうさい)
師が有名ですが、ひたすら山の中を歩いたり、「九日間、断食・断水・断眠
・ 断臥」をするという行です。失敗したら死ななければならない、という
不文律があるそうです。

 確かに、千日回峰行をしたからと言って、何か世間に関係がある訳ではあり
ません。しかし、そういう修行をする姿に影響を受けている人は多いときき
ます。関係があるかどうかは断言できませんが、新宿駆け込み寺の玄秀盛さん
も、この千日回峰行をした大阿闍梨様から指導を受けて得度をしていると
聞いています。

 つまり、この場合、世俗と隔絶した信仰の世界が結果として世俗によい影響
を与えていると言えます。

 しかし、そういうケースばかりではないと思います。

 パキスタンの少女、マララ・ユスフザイさんは、女性への教育を訴えたために
タリバンから銃撃を受けます。タリバンの暴挙は世界中から批判を受けました。
しかし、女性の社会進出が悪である、という価値観が蔓延したのは、背景があり
ます。今でも、中東のある地域では、普通教育制度が確立しておらず、宗教団体
が設立した学校しかない国も多いです。仕方なく親はそういう学校へ通わせます
が、そこでは、ある特定の信仰に基づく価値観が教えられます。もし、タリバン
が運営する学校に子供達が通い、そして、テレビも新聞もない地域だったら、
タリバンの価値観が全てになってしまいます。

 http://blog.goo.ne.jp/m2005-5-4/e/81f9a6c6950b061ba6d1e4cfc34e7f4f

 マララを撃った人達は、自分達は神様の言う通りにしたと信じていました。
問題は、犯人だけではなく、そのようなおかしな事を信じるに至った環境にあるとも思います。

 つまり、世俗と隔絶した信仰の世界というものは、肯定的な結果を生む場合も
あれば、否定的な結果を生むケースもあり得る、と考えるべきかと思います。

 その両面を考えてこそ、初めて、信仰と世俗との関係が語れるかと思います。


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