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「教区会員」板

833トキ:2013/09/30(月) 22:37:13 ID:3636Vies
 生長の家という組織に所属している人間、あるいは、生長の家という信仰をもっている人間である以上、
確かに、生長の家と名乗る宗教法人が、生長の家の信仰のあり方とイコールで、尊敬でき、信頼できる人達
の集まりである事は理想です。戦前、戦中、戦後の生長の家という組織は、限りなくそれに近い存在だった
とも思います。

 が、現実の生長の家という組織は、現在、多くの問題を抱えています。それは認めます。本来は信仰指導者
であるべき、総裁の言動、あるいは、本流復活派の一部の人達の言動にも信頼できない部分があるのは感じます。
 それが、生長の家という『信仰」にかなり悪い影響を与えているのも感じます。

 が、信徒である吾々は、生長の家と名乗る組織が、生長の家という『信仰」とイコールで結ばれる、という
のは、『希望」であって、『現実」ではないという「真実」を知るべきだと思います。そもそも、谷口雅春先生
御自身が、原宿の本部は単なる地上事務局に過ぎないといわれ、たとえ生長の家の組織の信徒の名簿に記載され
ていても、信仰を実践していない人は、生長の家の信徒ではない、という事を断言されています。このあたりを
混同するから、教団を援護する人達は、総裁や教団指導部の言動に目をつぶり、本流復活派の一部の人達は、
総裁や教団指導部の間違いや失敗をことさらに取り上げます。

 要するに、昭和の時代に発達した、『組織教学」あるいは、谷口雅春先生以後の時代に流布された”中心帰一”論
に固執する限り、この一連の争いは収まらないし、今後も問題が起こる危険性があると思います。生長の家という
組織は、生長の家という信仰とはイコールではなくて、あくまでも、目的と手段の関係に過ぎない、という点を
認識する事が大事だと思う次第であります。その上で、組織が大好きな言葉、『第一のものを、第一に」の『第一」
とは何か? を考えるべき時期に来ていると思います。


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