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「教区会員」板

624「靖国見真会」参加者:2013/05/30(木) 20:37:12 ID:0PL7dBUs

「トキ」さん、そして「教区の信徒」の皆さんへ。

「ご神像」の撤去作業が暴き出した「八ヶ岳教団」の本質とは?!

この表題で書かせていただいた拙文をお読みいただき、自らの出処進退をどうするか、その一助にしていただければ幸いです。

》一言にして言えば、“聖なる”ものへの畏敬の念が微塵もない!

それに尽きます。

分かりやすくいいましょう…。

神棚を雑巾で拭いたらどう思います?

「何と言うことをするんだ!」と一喝されるでしょう?

それと同じようなことをしたのです。

まさか、「ご神像」をきたない布で覆うとは思ってもおりませんでした。

せめてもの、真っ白の布でも用意しているのかと思いました。

それと作業員の談笑が何ともたまりませんでした。

それからその作業員の服装です。

せめて白足袋ぐらいの配慮はしてもよかったのではないでしょうか…?

しかし、それだからと言って、作業員ばかりを責められません。

「八ヶ岳教団」からは、単なる「取り外し作業」としてしか依頼されていなかったのでしょうからね?

取り外す「ご神像」というものが生長の家にとってどれだけ重要なものなのか、どれほど「神聖なもの」であるのか、何らの説明も受けてはいなかったでしょうからね?

改めて、「八ヶ岳教団」の体質というのか、その信仰心のかけらもない本質というのか、それらを嫌と言うほど、見せつけられたように思います!

繰り返しますが、これは本当に重要なことだと思うので敢えて書かせていただきます。

「ご神像」の撤去に際して、何の祭祀、式典もなかった!

聖経「甘露の法雨」が読誦されるわけでもなかった!

教団職員が見守るわけでもなかった!

理事長や参議長等、教団幹部が一人も顔を見せなかったというのは、どういう了簡でしょうか?!

こんなヒドイ仕打ちがありますか!

「谷口雅春先生を学ぶ会」の有志が集まって、聖経読誦を実修したからまだ救われましたが、もしそれがなかったとしたらと思うと、本当にゾッといたします。

印象的だったのは、「谷口雅春先生を学ぶ会」ではない方が、一人、離れたところで、涙をこぼしながら、聖経「甘露の法雨」を読誦されている姿でした。

帽子を目深に被り、はっきり言って、面が割れてはいけないという様な配慮が感じられました。

何も悪いことをしているわけではないのに、どうしてそんなことに気を使わないといけないのか…?

多分、その方は私が思うに組織に入っている方なのではないかと拝察いたしました。

だから、どこの誰かとわからないようにしておきたいと思われたのではないでしょうか…?

「ご神像」のことを思うと、いてもたってもいられないという思いで、わざわざおいでになったのだと思うのです。

しかし、それには面が割れないようにしておかないといけない…?

おそらくは、こういうところに顔を出すと、教区で「原理主義者」として排除されるからという恐れがあったから…?

こんな馬鹿げたことがありますか!

もう本当に狂っている!

何としても、これは変えなくてはなりません!

その誓いを新たにして、「八ヶ岳」に拉致されていく「ご神像」を合掌しつつお見送りさせていただいた次第です!

まるで、それは「ご神像」の出棺のようでありました…。


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