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「教区会員」板

403トキ:2012/12/29(土) 21:54:46 ID:84H/rlVQ
「不執の経営学―人を活かし、自分も生きる」松野宗純著という本を読んでいたら、こんな事が書いてありました。

著者は、陸軍士官学校から慶応大学理工学部を経て、米国の大学院に留学し、外資系石油会社の副社長を退任後、
出家して禅僧になった人です。彼が米国の大学院に留学中、試験を受けたら、零点に近い評価を受けたときの話
が印象に残りました。

 返却された答案を見たら、理論の理解は完全であり、小さな計算ミスをしただけだったそうです。しかも、その
計算ミスは、誰でも分かるようなミスだったそうで、気分を害した著者は、採点をした指導教授に抗議にいったそうです。
すると、指導教授は、こう諭したそうです。

 「もし、これが、橋梁の設計だったら、どうなりますか? 橋が落ちて、大勢の人が死ぬのですよ。些細な計算ミス
と馬鹿にするのは間違いです。」と。

 著者は、後年、出家をしてから、このエピソードを思い出し、禅の精神に通じる点があると書いていました。

 この話は、仕事をしている人には、共感を覚える人が多いと思います。そして、私は、今の教団上層部にも考えて欲しい
と思います。

 今の教団上層部の組織指導は失敗しています。そこで、教団上層部は、いろいろな立派な理論を並べて、自分達の考え方
は、正しいのだ、と信徒に説明をしています。賛成するか、どうかは別にして、なるほど理論としては立派な説明をして
います。しかし、実務的観点からの考察と思えるものが、皆無だと思います。

 私は大学で理科系の基礎教育を受けましたが、科学的な方法とは、仮説を立てて、それを実験で検証するという作業
であると習いました。いくら立派な仮説でも、実験で失敗したら、事実にはならないのです。これは、生長の家の活動
にも通じます。アイデアがあっても、実際にやってみて、失敗する事はよくあります。ただ、失敗をしたら、改良をする
か、別の方法を考えるかで、基本的には、そのままにする事はないです。特に、いくらアイデアが良くても、実務面で
の姿勢にミスがあると、結果は失敗に終わるという点は重要です。ささいなミスでも、命取りになる場合があります。

 ところが、今の組織指導を見ていると、アイデアを出す事には興味があるが、結果の正否には関心がないとしか思えないです。

 私は、別に、総裁が教団の破壊を意図しているという主張には組しないです。が、結果として、現在の組織指導が
惨憺たる内容であるのは、否定しません。それは、あまりにも理論偏重であり、実務面を軽視している姿勢の結果だと
思います。最近の教団は「科学」という言葉がお好きだと拝察しますが、こんなものは、科学とはほど遠い指導であります。

 この点、教団上層部の方々には、ご再考を願うものであります。

合掌 ありがとうございます


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