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「教区会員」板

188トキ:2012/10/02(火) 19:45:39 ID:Yrym1ahc
 ただ、ここで、問題なのは、生長の家の教義の最終解釈権が、生長の家の総裁にある事です。

 すると、その時の生長の家の総裁が、従来の解釈を全面的に変えても、「これは正しいのだ」と
総裁が話したら、誰も反論できない事になります。実際、今の教団側は、この立場で対応をしており
ます。生長の家の道場に行ったら、必ずぶらさげてある「生長の家大神ー総裁・副総裁ー御教」とい
う言葉は、実に、これを現していると言えるでしょう。

 しかし、これは、「生長の家の大神」のご意思の範囲内でのみ認められるべきだと考えます。

 つまり、教義に争いがあったり、または時代の変化に従って教義に変更を加える必要があったり、
谷口雅春先生の時代にはなかった事案について、生長の家の見解をまとめる必要ができた場合、その
最終的な決定権は、やはり総裁にあると考えるべきです。しかし、谷口雅春先生のご発言と明らかに
矛盾する内容の発言をときの総裁がする場合、その理由を総裁は説明する義務があるし、公の場で
釈明する必要もあると考えます。

 が、だからといって、総裁が仮に間違った指導をしたとしても、それを理由に直ちに追放をするのは
間違いだとも思います。なぜなら、現象の人間である我々は、必ず間違いはするし、それを糾してこそ
魂の向上があるからです。総裁が間違いをする以上に私はもっと多くの間違いをしていると思いますし、
人間はみな、同じである、という事も考えるべきであります。

 私達は、みな、神の子であり、また生長の家の同志であります。総裁であれ、本流復活派であれ、教団の
人間であれ、それは同じであります。

 その点を考え、やはり信仰の原点に戻りたいと思う次第であります。

合掌 ありがとうございます


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