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「教区会員」板

180トキ:2012/10/02(火) 12:04:33 ID:Yrym1ahc
 少し考えたのですが、生長の家総裁は、谷口雅春先生のお悟りを前任者から受け継ぎ、次の総裁へと
渡すのが任務であります。これが、いわゆる法灯継承です。

 ここで、たぶん、論点の一つが、生長の家=谷口雅春先生と解釈するべきか、生長の家>谷口雅春先生
と解釈すべきか、という議論だと思います。なぜなら、それにより、法灯継承をした総裁の権限の範囲
が決まるからです。

 私は、小閑雑感などを拝見すると、谷口雅宣先生は、後の解釈をされていると思われます。つまり
谷口雅春先生は偉大な方であったが、ご自身が「自分も一求道者であります」と言われていたので
あり、生長の家という偉大な教えを遺されたが、生長の家の大神から伝えられた教えの全てを体得して
いない、という発想だと覆います。すると、谷口雅春先生が生長の家大神から受け継がれて来なかった
「真理」を発見した場合、これを発表するのは、その時代の総裁の義務であり、権利である、という
事になります。

 これに対して、本流復活派は、前者の立場にだと考えられます。谷口雅春先生が、ご自分を「一
求道者」と表現されたのは、ご自身が真理の実践において、まだ修行者に過ぎないという謙遜の意味
で言われたのであり、教えそのものは完成している、という立場です。

 従来の生長の家では、前者の解釈が主流派でした。例えば、講師は、自分の考え方ではなく、あく
までも聖典を典拠にして、教えをとく事を厳しく教育されました。そもそも、「総裁」という制度を
もうけた事自体が、谷口雅春先生のお悟りを正確に後世に遺す、という発想から生まれたものであり、
前者の発想が根本にあると考えるべきだと思います。

 もし、後者の立場で「総裁」という制度を考えるなら、現在の総裁制度自体を考え直す必要があり
ます。例えば、大本教は、出口なお様から出口王仁三郎様へと教えは継がれていますが、彼は、実子
ではありません。
 つまり、総裁には、血統ではなく、霊感など独自の資格が必要となります。それも、谷口雅春
先生と同格か、それ以上の霊格が必要となります。これは、事実上、不可能と言っても良いでしょう。
先にあげた、大本教の場合でも、2代目は優れた霊能力を持っていたと思われますが、それでも、
出口王仁三郎様の死後は分裂しています。

(つづく)


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