したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | |

「教区会員」板

135トキ:2012/09/15(土) 19:58:21 ID:qveHEcGc
 では、どちらが正しいかと言うと、どちらも正しいし、どちらも正しくないと思います。

 法律に詳しい友人が、「法律の世界では、議論が錯綜した場合は、一度、原理原則から考えるの
だよ。」と言われた事がありました。これは、信仰の世界でも通じる考え方だと思います。

 生長の家が何のために存在するか、というと、生長の家という信仰を学ぶ、実践する人の会だと
思います。そして、生長の家の信仰とは、谷口雅春先生の教えであります。

 私個人は、吉田國太郎先生や、藤原敏之先生の頃の信仰に戻り、その上で、この時代の運動や
組織のあり方を議論するべきだと思います。ただ、それは、私の考えですから、他の人は別の
考え方があると思います。

 大事なのは、一人一人が、神の子である、という原点にたち、多様な意見を発表し、その上で
全体がどうあるべきか、という信仰的な結論を出す事だと思っています。

合掌 ありがとうございます


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板