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「教区会員」板
1261
:
トキ
:2014/05/22(木) 20:54:48 ID:Z9No9Nic
*信仰、体験板に書いていたのですが、こちらの方が適切なので、引っ越します。
少し話がずれますが、先日の朝日新聞に複数の宗教団体が安倍内閣の方針に反対する行動を
始めている、という記事がありました。しかし、それが内閣の方針を変更するまでには至って
いない、という内容でした。この行動の賛否は取り上げませんが、読んでいて感じたのは、あ
る教団が、何か政治的な方針を決定して、それを信徒に命令をする、又は、信徒への協力を求
める、というあり方が、もう難しくなってきた、または通用しなくなってきた、という印象を
持ちました。
例えば、天理教のように明確に政治との距離を置いている教団ですら、信徒数が減少して
る実態があります。逆に、創価学会など熱烈に政治に関与してる団体も、少しずつ数を減らして
います。つまり、政治と距離を置いている団体も、そうでない団体も閉塞しています。すると、
問題は、政治への関与ではなくて、教団のあり方にあると考えています。
先日の韓国のフェリー沈没事故の背景に宗教団体があると言われていますが、信仰において
は、組織はあくまでも「手段」であるはずです。しかし、歴史を見ると、信仰の名において、
組織が信徒に服従を要求する姿が散見されました。今日、先進国と言われる国で、信仰の自由
が憲法上の権利として確立しているのは、人類の歴史の上で、信仰のあり方が、国家や個人に
必ずしも良い影響ばかりを与えてていたのではない、という反省が背後にあると思います。
昭和の時代は、まだ、それでも、個人の影響力が限定されていましたから、組織に服従する
事にある程度の説得力がありました。が、平成の御代になり、インターネットの登場で、個人
の影響力が飛躍的に増大すると、昭和以前の信仰の組織のあり方が段々と通用しなくなったと
感じています。
(つづく)
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