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「部室」板/3
372
:
「訊け」管理人
:2012/06/30(土) 08:25:15 ID:???
>トキ理事長
昨夜はキャバクラにも行かずに昔の神誌、これを拝読しておりました。白鳩姉さんから先日、大量に頂戴したという神誌なのですがいずれも素晴らしく、貴殿のお嘆きもよく理解できました。「今の普及誌コンチクショー!」ですけれどもこれに、完全チェストでございます(笑)。あっ?コンチクyソーとまでは申されておられませんでしたよね?すみません(笑)と云う事でさて、以下が本題です。
その、昨夜読書時でありますがこの際に、非常に興味深いご文章を見つけました。以下に紹介致します。なおテーマは雅春先生の「天地一切と和解せよ」、これに関するものであります。この「和解」が実際、支那事変で機能した実例になります。(なお同記事、長文のため未だ作成途中です)
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
○「敵愾心」こそが、敵なのである。
http://blog.livedoor.jp/con5151/archives/65670192.html
<ダイジェスト>
・敵を見るから虐殺事件等が起るのであります。敵を見ないで進む時、自ずから敵が味方に変化して、戦
わずして偉大な戦果があがるのであります。
・その将校の心の平等が破れたからであります。心の中に『切れる』という切目が出来た。それで切
れたのであります。三界唯心『切れる』と見るとき敵を見たのであります。敵を見たから自分が切られ
たのであります。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
戦場に於てすら「天地一切と和解せよ」――これがいかに重要なことかが解ります。また雅春先生の「和解」でありますが、これがなにか方便だと云わんばかりの、そんな方がおられます。そしてあたかも「『和解』ってのは実際は、機能するものじゃないのよ」と云った趣旨の投稿文、これが散見しております。ですがこれらの意見、雅春先生の御意志では〝ない〟ことが改めて判明することと思います。
追伸
同ご文章を読んでいて判明した、トリビアを二つ紹介します。
○ 宣撫工作班の創始者は、生長の家誌友だった。
○ 宇都宮師団と餃子
○ 宣撫工作班の創始者は、生長の家誌友だった。
雅春先生が書いておられました。八木沼丈夫という方が宣撫班、これの創始者なんだそうです。そして同氏ですが生長の家の誌友であったとのこと。行くところ行くところで住民を宣撫して平和裏に、事をお進めになられたとか・・・・まあ、こういった宣撫工作には『生命の實相』、必須でしょうね。
○ 宇都宮師団と餃子
これは記事で直接語られていることではありません。ですが、「個人的長年の疑問が解けた」というご報告を。
宇都宮は餃子の街です。そしてその理由は「師団が支那戦線に送られ現地で、餃子の技術を学んで還って来たから」ということに、なっているわけです。私はこれ、実は長年「疑問」だったんです。疑問の内容は、「なんで宇都宮師団にはそんな時間(餃子技術の習得)、あったの?」という・・・・第六師団(南九州)も支那戦線、行きましたけど餃子の店なんてそんなには、ナイわけです。ですんで「なんで宇都宮だけ、そうなったんだろう?」――こんな疑問を抱えていたわけなのです。(実にどーでもイイ話ですがw)
なんで宇都宮師団には「餃子技術習得の時間」があったのか?またなんで現地の人はこの、宇都宮師団とは交流をもったのか(交流を持たねば餃子の技術、習得できない)・・・・答えらしきものが昨夜ご文章にありました。どうやら同師団、師団長が生長の家誌友だったとか(笑)そしてこの師団は「できるだけ敵を殺さない戦術」を立てそして、それを実行したらしいです。いやーこれ、第六師団とはドエライ違いですね(笑)またまた余談ですが第六師団、ここの師団長が生長の家誌友だったら南九州にも餃子の店、溢れかえっていたのかもしれません(笑)以上、どうでも良い話でございました(笑)
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