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「部室」板/3
1899
:
神の子さん
:2012/12/17(月) 15:58:23 ID:Pp0T7lVc
582 :トキ:2012/03/20(火) 19:44:09 ID:P1yrXYLM
>>580
最高裁判所の判決は教団敗訴であるのは確実ですが、それが悪い事か、と言うと、それはそれで教団にも良い事だと思います。
私は永年、活動をしてきましたが、ある時期までは、組織の方針には無条件で従うべきであると思い込んでいました。しかし
何故、活動をするのだろう、という疑問がわきました。それで、大学で「分からなくなったら、原理原則に戻って考えなさい」
と教授に言われた事を思い出し、生長の家の原理原則に戻ると解決したので、それから「原理主義者」をもって自他共に任じて
おります。
生長の家の原理原則とは何か? それは、「人間は神の子」という話です。
例えば、ある人を生長の家の講演会にお誘いする場面で、「この人を本当に幸せになってほしいから」という理由で誘うのと、
「教団からノルマが科せられており、それを達成するために、この人に行ってもらう」というのでは、外観は同じでも、内容は
天地の差があります。前者は相手も神の子と拝んでいる姿であり、後者は自分の都合で相手を利用している姿です。ところが
運動や組織の話ばかりが教団内でなされるようになり、いつしか自分も相手も神の子である、という姿勢が忘れられるきらいが
ありました。特に、私においては、そうでありました。
今回、教団内でこのような騒動が生じたのは、原理原則を忘れた運動を展開した結果であると思っています。
ですから、今度、行き詰まったら、また初心に戻り、原理原則に基づいた運動をすれば良いのであります。
特に、私は個人救済の重要性を痛感しております。
悩み、苦しんでいる人はたくさんいます。そういう人が真理で救われるのを見るのは、かかわった自分にも感激
です。そういう光景を見ると、理屈ではなく、感性から、個人救済の重要性を感じます。今は、教団も本流復活
派も「大きな話」をするのが好きですが、先ずは個人救済を見直す事が大事だと思います。
もし、教団敗訴の判決が出たら、謙虚に反省し、何をすべきかが明らかになると信じております。
その意味では、歓迎すべき事かもしれません。
合掌 ありがとうございます
583 :うのはな:2012/03/20(火) 20:39:44 ID:El6gIMAw
私の記憶ちがいかもしれませんが、トキさんは今の判決が出る前は、
教団から聖典の権利などがなくなったら教勢は衰退するだろう、それを谷口雅春先生は
喜ばれるだろうかとか、裁判を起こした事業団などに憤りを感じるだとか、
教団敗訴について憂う様子の意見を出されていたと思います。
> 生長の家の原理原則に戻ると解決した、それから「原理主義者」をもって自他共に任じております。
「原理主義」の定義もいまひとつはっきりしませんが、トキさんが他から、
「原理主義者」と任じられた、任じているというのは意外です。
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