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「部室」板/3

1768「訊け」管理人:2012/11/23(金) 09:51:58 ID:???

――吉田國太郎先生曰く、

 根底に於いて悪を見、困却の相を見たところからの心の動きは、その心自身が、如何に尊げな姿に於いて現れ、如何に深度の状態に於いて現れ、宇宙的な迄の高度な状態の如くに現れても、いずれも全てよしなく空しいことである。それは神の心にもとり、実在の相を忘失し、業の輪廻を深めたに過ぎない。

『常楽への道』338頁




――榎本恵吾先生曰く、

 根底に於いて悪を見、困却の相を見たところからの心の動きとは、悟っていない心、救われていない心のことである。私達の今やっている人類光明化運動は世界の危機、悪、祖国の困却の姿を見たからこそ行っているというような運動ではないだろうか。もし世界に危機が存在しなかったならば、行う必要がなくなるというような運動をしてはいないだろうか。そのような出発の仕方をしてはいないだろうか。そして、もし、それが、實相のみが存在し現象は無い、と云ったら、われわれの運動が成り立たなくなるではないかというような心から出発しているものであるならば、その光明化運動が、愛国運動が、いかに尊げな姿に於いて現れ、如何に深度の状態に於いて現れ、宇宙的な迄の高度な状態の如くに現れても、いずれも全てよしなく空しいことである。それは業の輪廻を深めたに過ぎないと云わなければならない。
 吾々は今まで、このような主張に対して抗言した。それは日本的にも、世界的にも、宇宙的にも尊いものであると。しかし、それには何かが足りなかった。絶対的に尊いとは言い得なかった。神以外に、神に相対する困却を認めていたからである。神に対立するものは何もない。神のみが唯一の実在であると云う絶対の世界を知らなかった。



――藤原敏之先生曰く、

 現象がすべて影だと判れば現象は問題でなくなりますが、影だと判らず本ものだと思い違いするから現象に振り廻されて動きがとれなくなります。それを迷いといいます。
 今現れているのは影であり、これまでの間違った思いが現れて消えたのであると判れば、何も心配することもない、反対に喜べるのであります。借金が無くなって苦にする人はないでしょう。悪いことが現れたのを見て、悪くなったと見ないで善くなるためだと判ったら安心するのであります。
 雨が降るのは、お天気になるために水蒸気が雲になっているのが雨になって、雲がなくなり晴天になるためでありましょう。日が暮れて夜がふけるのは、朝が来るためであります。電車がトンネルに入るのは、トンネルを通って出てくるためであります。このように悪くなったように見えるのは、すべて善くなるためだと観るのが生長の家であります。悪いことを悪いとだけ見たのでは普通の考え方であって、暗黒思想でありましょう。生長の家は徹底した光明思想であって、善くなることだけを想い、善くなることに感謝して生活しようとお教え頂くのであります。

『あなたは必ず救われる』238頁


<了>


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