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「部室」板/3

1741志恩:2012/11/09(金) 16:03:14 ID:.QY5jUA6
このような 生長の家 の状況も、

われわれは、生命の生長のために絶好のチャンスが与えられたのだということを、雅春先生から教えて頂いております。
 (ですから、暗い気持ちで発言しているのでは、ありません)
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〜逆境はわれわれを鍛えて、われわれの中身の善さを出してくれる冶金(やきん)の坩堝(るつぼ)〜


坩堝の中へ投げ入れられて、われわれは鉛か金か、メッキか本物かが分かるのです。

われわれは好んで逆境を呼ぶのではありませんが、逆境がいかにわれわれを捉えようとも、それはわれわれをいっそう聖化し強化するところの機会だとして、

内より奮迅の力を揮(ふる)い起こすものはついに大成して逆運を却下に蹂躙(ふみにじ)ることができるのであります。


 されば逆境の来(きた)るごとに莞爾(かんじ)として微笑せよ。これが「生長の家」の生活であります。

微笑は心の中に光明を転じていっさいの苦難を堪え易からしめ、失われたる希望を喚(よ)び起こし、再起の勇気を奮い立たし、

暗黒なる生活を光明に転向せしむるのであります。キリストは「死にし者に死にし者を葬らせよ」と言っています。

すでに来(きた)れる逆運を嘆いたとてなんになりましょう。すでに来たり終われるものは「すでに死せる者」なのです。


「すでに死せる者」について嘆いてみたとてなんになりましょう。すでに来たり終われるものを嘆き悲しむ暇(いとま)あらば、莞爾として新しき幸福に突進すべきであります。

光明に満てる微笑こそはわれわれによき運命の微笑(ほほえみ)を呼ぶのです。我れ渋面すれば運命も渋面するのです。

 「嬉しいぞ、これから運命が開けるのだ。」苦難に捉われず、難関の来るごとに、莞爾として微笑しつつ奮迅の勇気を奮い起す者こそ生長の家の生活であって、

必ずいかなる難関をも征服して自己自身の力で幸福なる運命を建設することができるのであります。
 
                                 『生長の家とは如何なるものか』p.59


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