したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | |

「部室」板/3

1556goro:2012/09/23(日) 14:23:16 ID:Cc8Z7oOY

(6)時を超えて貫くもの

 聖徳太子の十七条憲法は、日本の国家国民の理念として、「和」を打ち立てたものだった。
太子以後、日本人は、「和」の理念のもと、「和」の精神を発展させてきた。
 十七条憲法の約1200年後に発せられた「五箇条の御誓文」にも、聖徳太子の「和」の精神が生きている。
第1条の「広く会議を興し、万機公論に決すべし」がそれであり、
第2条の「上下(しょうか)心を一にして、盛んに経綸(けいりん)を行ふべし」も同様である。
聖徳太子の説いた「和」の理念は、千年の時を超えて、近代日本の建設にも生かされたと言えまよう。


 教育勅語には、「和」の文字はなく、「和」の理念を明示的に述べた文書ではない。
しかし、勅語の全体が「和」の精神を表現したものだと、理解することは出来るだろう。

 第1段に「我が皇祖皇宗 国を肇むること宏遠に 徳を樹つること深厚なり。
我が臣民 克く忠に克く孝に 億兆心を一にして 世々厥の美を済せるは 此れ我が国体の精華にして
教育の淵源亦実に此に存す」とある。天皇が「仁」を行い、これに対し、国民が「心を一つにして」応えて、
忠孝を行う。これはまさに、聖徳太子が目標とした「和」の姿だろう。

 また、最後に「朕爾臣民と倶に挙挙服膺(けんけん)して咸(みな)其の徳を一にせんことを庶ひ幾う」とある。
天皇が国民に、道の実践を呼びかけ、天皇と国民が徳を一つにしようとともに努力する。そのあり方は、聖徳太子が、
「率土(くにのうち)の兆民(おおみたから)、王(きみ)を以って主とす」と書いた
わが国の国柄が、道徳的・精神的にさらに発展した姿だと言えよう。


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板