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「部室」板/3

1555goro:2012/09/23(日) 14:22:40 ID:Cc8Z7oOY

(5)「和」の精神
 道を踏み行うことによって、徳が身につく。教育勅語の説く道を行うことにより、天皇と国民には、徳が共有される。
その徳とは、天皇における「仁」であり、国民における「忠孝」である。そして、天皇が「仁」を行い、国民が「忠」を行い、
各家庭に「孝」が行われている状態を表す理念が、「和」であると私は考えている。

 古来、日本人は、人と人、人と自然の調和を心がけてきた。古くから国名を「わ」と呼び、「倭」を嫌って「和」の字をあてた。
国の中心となる「やまと(山門)」には、「大和」の字をあてた。いかに日本人が「和」を重視してきたかを示すものだろう。
 聖徳太子は、「和」を十七条憲法に明文化し、国家国民の理念として確立した。ここで太子は、「仁」「忠」「孝」を具体的に述べてはいない。
第6条に「君に忠」「民に仁」という文言はあるが、「孝」の文字は登場しない。それゆえ、私が、天皇が「仁」を行い、国民が「忠」を行い、
各家庭に「孝」が行われている状態を表す理念を「和」というのは、太子の言葉そのものによるのではない。

 十七条憲法において、内容として説かれているのは、「忠」のみである。 すなわち、第12条に「国に二君なく、
民に両主(ふたりのあるじ)なし。率土(くにのうち)の兆民(おおみたから)、王(きみ)を以って主とす」とある。
すなわち、国の中心は一つである、中心は二つもない。国土も人民も、主は天皇であるとした。
また第3条に「詔(みことのり)を承りては必ず謹(つつし)め」とある。
太子は、豪族・官僚たちが天皇の言葉に従うように、記している。これらの条文は、天皇に対する「忠」を具体的に説くものといえる。

 「仁」については、具体的な記述はない。明記されていないが、天皇・皇族が「仁」を行なうことが前提とされていると推察される。
というのは、第12条に「兆民(おほみたから)」という語がある。民を意味する言葉を「おおみたから」つまり大切な宝物と呼ぶのは、
『日本書紀』の神武天皇のくだりと同じである。 ちなみに、民を意味する言葉には、「億兆」という漢語もある。教育勅語には、
「億兆心を一にして」という文言があるが、これを大和言葉で読めば、「おおみかたら心を一にして」となる。

 「孝」については、十七条憲法では、内容的にも触れられていない。しかし、古代の日本人にとって、親を大切にし、
祖先を大切に祀ることは、当然のことだった。十七条憲法は、仏教について「篤く三法を敬え」として、仏法僧を挙げている。
明示された文言だけ読めば、日本を仏教国にするための憲法かと誤解する。聖徳太子は、用命天皇の皇子であり、推古天皇の摂政を務めた。
皇室においては、古来の儀式が行われていた。神々を祀り、祖先を祀る儀式である。それは神道、「神の道」「神ながらの道」の実践であり、
同時に皇室における「孝」の実践でもある。太子は、憲法に「孝」を盛り込んではいないが、「孝」は言うまでもない前提だったと考えられる。


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