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「部室」板/3

1554goro:2012/09/22(土) 23:19:36 ID:Cc8Z7oOY


また、神武天皇の「建都の詔」には、
「苟(いやし)くも民に利あらば、何ぞ聖造(ひじりのわざ)に妨(たが)はむ」という言葉がある。

ここで「民」は、「おおみたから」と読む。そこには、天皇は国民を宝のように大切に考えるという姿勢が表れている。
そして、国民の福利をめざす政策を行おうという方針が示されている。以来、わが国では、力ではなく徳、
覇道ではなく王道をもって国を治めるという理想が、受け継がれてきた。

 教育勅語における「皇祖皇宗の遺訓」とは、神勅を源として、神武天皇の掲げた理念、
努めた態度を受け継ぐものだろう。そして、そこに表われているものが、日本における道であると考えられる。
 日本における道が、単に日本人及び皇室の祖先から受け継がれてきた道なのであれば、
特殊民族的なものにとどまる。ところが、教育勅語は、この道は、昔も今も、
いつの時代に行なっても誤りがない道であり、日本だけでなく、世界中どこの国で行なっても、
間違いのない道であるという。すなわち、日本固有の道であるとともに、
時代・場所を超えて普遍的に通じる道だとしている。

 これは、民族的なものをそのまま世界に押し広めて、同化させるという意味ではない。
民族的なものの中に、普遍的なものが本質として認められるという意味だろう。
すなわち、教育勅語の説く道も、『老子道徳経』の道も、儒教の道も、あるいは世界のあらゆる文化・
社会における道も、根本においては、一つの道の現れであり、その普遍的根源的な道が、
それぞれに感知・表現されたものと考えられる。

 わが国の道もまた、そのような普遍的根源的な道の現れであり、
日本においては、古来の道が途切れることなく守り継がれ、明治維新後、
世界の中の日本という時代を迎えた時に、改めてその道の価値が自覚されたということだろう。

つづく


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