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「部室」板/3

1534goro:2012/09/17(月) 01:27:29 ID:Cc8Z7oOY

◆民族宗教から世界宗教への可能性
 原理的には、天御中主命と、ユダヤ=キリスト教のヤーウェ=エホヴァ、
イスラムのアラー、ヒンズー教のブラフマン等とは、一体異名と考えられる。
神を宇宙の根本理法にして万有顕現の原動力と考えれば、神はひとつだからである。
このように考えると、一神教といわゆる多神教との戦いも、
一神教どうしの戦いも、人間が勝手に神の名において争っているだけである。

そのうち、日本の神道のように世界の神々が一大親族のように結び合って帰一していく時代がくるだろう。
そのときの構造は、一神教でもなく多神教でもない、「一即多」「多即一」の神道的な構造になるだろうと思う。
その前に、人類が自滅しなければの話であるが。
従来の神道は多神教的であり、アニミズム的である。神道の中にある一神教的な次元について考える人は、少ないだろう。
全国にある神社は、8万社といわれる。そこにさまざまな神が祀られ、時々の祭りが行われている。
こういうあるがままの現実が神道であり、また日本の文化である。

ただ神道が今のままで止まっていたら、単なる民族宗教で終わるだろう。その中にある価値は、
日本文明以外の文明や、人類社会に生かされることなく、封じられたままとなるだろう。
ユダヤ教は、イエスが出るまでは、まったくユダヤ民族の民族宗教でした。今もユダヤ教徒は、
まったくユダヤ的である。しかし、その中には、キリスト教という世界宗教が生まれ出てくるような潜在力があったわけである。

 私は今日の世界において、神道の本質を掘り下げ、その中にある潜在力を発揮することが、
もしできれば、地球環境の保全や国際社会の共存共栄に資するものとなれる、
そういう可能性が神道には眠っているように思う。言い換えれば、日本の精神文化の中には、
そういう可能性が潜在しているように思うのである。それを生かすことができれば、日本の再建もできるし、
世界の平和・繁栄にも貢献できる。生かすどころか、見出すことさえも出来なければ、
日本という国と文明は、段々沈み、溶け、消滅していく。どちらかであろう。

 今日、外国人の有識者で神道に注目する人々が、次々に現れている。
日本人自身が、日本精神の宗教的表現である神道と、その中に潜む偉大な発展力に目を
向けるべき時である。

つづく


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