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「部室」板/3
102
:
脱貞子(うの)
:2012/06/19(火) 21:07:45 ID:gTn97m6I
日本陸軍に対抗できる軍隊は世界にない
決闘の論理で男同士、軍隊同士が正規に戦って日本陸軍にかなう軍隊は世界にないのである。
アメリカ支那事変で孫子の兵法を使って、蒋介石を援助し、日支を戦わせ、長期化させ四年たって、
もう日本を屈伏させられると甘くみたが、余りの日本軍の強さにビックリ仰天した。
予想が外れたのである。実際緒戦の半年間は、徹底的に米英は日本軍の前に敗北天したのである。
日本側も、予想外の勝利で油断したところが失敗になった。
フィリピンはマッカーサー将軍の下、十二万の兵で守っていたが、本間中将日本軍は僅か四万であっという間に
全島を制服し、マッカーサーは真っ先にオーストラリアに逃げていったのである。
マ元帥は負けてくやしく、「またくる」Ishall return などカッコいいことを言ったが、
予想に反して米軍は弱かったのだ。ヤクザが目的を果たさず、逃げる時の捨てゼリフ「おぼえていろ、仕返しにまたくるからな」
がまたくるの中に含まれている。
インドネシアは今村均司令官の進駐で、三五○年間のオランダ植民地からわずか九日間でオランダ軍を全面降伏させてしまった。
仏領インドシナの仏軍など、まったく戦わず日本軍に降伏した。
英軍は真珠湾の成功の二日目に、マレー沖で英国東洋艦隊の旗艦プリンスオブウェールズとレパレスがあっという間に撃沈させられた。
マレー半島のつけ根のコタバルに上陸した日本軍は現地人の万歳万歳の声に迎えられ、南進し、英軍を二ヶ月たらずで追い払い、一千キロの
南端シンガポールがあえなく日本軍に降伏するや、首相チャーチルは、さしもの大英帝国もこれで没落が始まったとなげいた。
いっぽう、支那大陸での戦争など、民兵のよせ集めのような支那兵が、正規の日本軍に対抗できるわけがない。
敵は専らゲリラ戦で、敗退ごとに、放火、略奪、暴行の限りをつくして退散するのだ。
支那事変は日本軍の支那ゲリラとのモグラタタキ戦だったのだ。
スターリンの戦略で、中共軍をけしかけ、日本と蒋介石を争わせるという、孫子の兵法を用いたのだ。無理失理ゲリラをやって日本軍
を大陸に引っ張り込んだのだ。日本軍が支那大陸に侵略に行った戦争ではけっしてない。
中共軍が仕組んだ謀略だった。
後略
『愛国』 清水馨八郎 著
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