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「今の教え」と「本流復活」を考える・信仰/体験板/2
91
:
役行者
:2012/04/05(木) 14:46:54 ID:htnhcuP2
合掌
本流掲示板より、転載します。
>『甘露の法雨』よりの盗作『大自然讃歌』
*(8016) :2012年04月04日 (水) 名前:蒼穹 さま
雅宣氏のブログ唐松には『甘露の法雨』の盗作『大自然讃歌』なるものが発表された 。
出だしが全く同じ文面・・・盗作で無い部分もある。それは谷口雅春先生は神様の啓示により筆 記されたので、文面は実相世界の視点からの教えでありました。
しかし雅宣氏の文面は現象界の 悩みと苦悩から描かれており、まさしく雅宣氏の迷いの心を自分から書かれた自虐懺悔文面と なっている。
神様の実相世界からの盗作は出来なかったのだ 。
『大自然讃歌』を読むと心がなお暗くなり、人間に生まれた事が悪かったように思えてくる。
やはり現象世界から見たこの現象詩は日時計主義の真反対の文面だ。
主たる経文まで作文するのであれば『生長の家』の名も返上して当然でしょう <
かなり辛口コメントですが、私の心情に近いです。
というのは、総裁先生は、後世に残る聖典と云われる文章の部分的、表層的解釈による絶対化が為してきた悲劇を訴え続けてこられたのではないですか?
ですから、聖典、聖経、神というような“”言葉“”が独り歩きの暴走をすることに用心に用心を重ねておられまた。
なのに、どういうことでしょう。
『或る日天使(てんのつかい) 虚空の水晶宮より出でて 緑の森へ降り立ち給う』
この書き出しにより、雅宣先生個人の叡智でなく、天の使いが降りてきて、雅宣先生をとおして、語られている!と解釈する方々を多数もたらすと存じます。
これにより、大自然讃歌を大いに煽動する方々の姿がありありと浮かびます。人間とはそのようなところがあるのです。
もちろん、内容には賛同させていただきます。ただ、天の使いだけは、いただけないと思うのです。たとえ天の使いが降りてこられたとしても、表層的に絶対化され、悪用されるような言葉に、異議申し立てをしてこられた総裁先生にあられましては、初心貫徹として、天の使いという言葉を使うことだけはとどめていただけないでしょうか!
覚悟を決めての衷心からの進言でございます。どうか、咀嚼してくださることを切に希望します。
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