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「今の教え」と「本流復活」を考える・信仰/体験板/2

821a hope:2012/11/05(月) 10:00:15 ID:8tjYhMb6
生長の家使徒行法「伝道物語」 楠本加美野先生著 P153〜

○月○日 家族に魂の扉を開け

十年前に入信して肺結核が全治、今度は卵巣腫瘍になって練成に参加した婦人に、私は言った。
「貴女は重症な結核から救われたのですから、病人を救う力を神から与えられたのですよ。これからは多くの病人を真理によって救う決心をして下さい。その決心によって卵巣腫瘍は消えます。〝決心が純粋であれば、その瞬間心の世界ではもうその病気が治ってしまっているのであります″(『信仰の活人剣』より)と谷口雅春先生の御言葉にあります」と。
練成終了後、その夫人から便りがきた。三人の小さな子供がありながら、地方講師になって活躍しているとのこと。

―――不治難症の結核から起ち上がり、家族円満意にかなわざるなき幸福者とならせていただいたのは、生長の家の御教えのお陰とつくづく感謝していながら、人々にお伝えする勇気を持てなかった私でした。練成後の私は、自分の十年間にいただいた沢山の体験を人の為に生かしお伝えする使命があることを信念にさせていただきました。実行しましたと言うより、堰(せき)を切ったように御教えの素晴らしさを語らずにはいられなかったのです。それが至上の悦びに感じられて、今では一般の人々とは違う灰色の青春時代を持った、苦悩に満ちた過去であったればこそと、神様に感謝しています―――

 その後の彼女の活躍は目ざましいものがあった。『白鳩』誌にも伝道体験が発表された。Iさん(東京都○○区)の名は、皆さんの記憶に新しいと思います。原宿本部の伝道実践のときは、幼い子供をつれて毎月かかさず出席された。本部の伝道実践に回を重ねるようになったある日、お便りがあった。

―――伝道実践に参加して二日ほど過ぎた夜のニ時半頃だったと思います。子供にオシッコで起こされて、用を済ませて子供を寝床に帰してから、フト伝道実践の祈りの印象が蘇って来ました。見ず知らずの他人や家々を、あのように純粋に、何を求めることもなく祈らせていただいて、悦びを感じている私が、最も大切な両親を、夫を、子供達を、こんなに純粋に祝福して、祈ったことがあっただろうかと、思われたのでした。
親に対しては感謝も懺悔も沢山してきましたが、いつも心の隅に甘えのようなものがあって、自分の都合の良いようになってもらいたいという求める心が払い切れなかったように思います。
何も求めることなく、ただ父母のいますこと、そのままが尊く祝福し礼拝させていただくような祈りはしたことがなかった、と気がついたのでした。
夫然り、子供然り、私は暗がりの部屋の神棚の下に、ハタと坐し、合掌し、神想観をしてお祈りしました。すると、神の祝福のなかで幸せそのものでいる父母が懐かしく、恋しくて涙が溢れて来るのでした。しばし祈りを繰返して、私も幸せに心満たされておりました(後略)―――

他(ひと)には、何ら求める心なく拝むことができても、とかく身近な家族の者には極めて難しいことである。しかし生長の家の大神は、これを命じておられる。〝汝の父母に感謝せよ、汝の夫又は妻に感謝せよ、汝の子に感謝せよ、汝の召使に感謝せよ…″と。

生長の家の伝道者は、家庭をないがしろにすることは赦されないのである。

『釈尊の生活もキリストの生活も、家庭生活や、実際生活という面では、それを成就したと言うことができません。だから釈尊の生まれたマカダ国も滅び、イエスの生まれたユダヤも長く独立することができませんでした。特殊の使命と天才とをもった人のほかには、このような家庭生活や国家破壊の道には、ついて行けないのです。そこにこれらの教えの足りないところを補うために、そして釈尊の教え、キリストの教えを成就するために出現したのが生長の家であります。(『信仰の活人剣』より)』


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